出たとこ勝負

「リュカに会えるってさ」  にこやかな笑顔と共に、マルスが休憩所で世間話のようにぽろりとそう報告した瞬間、どよめく周囲に構わずネスは天を仰ぎ雄叫びを上げた。 ***  ネスが自分宛のリュカの手紙を読んでしばらくの月日が経った。 マスターハンドにせめて手紙か電話だけでも出来ないかとしつこく迫り続けたネスだったが、さすがにそれは、いやいや世界が違うし、 そんな事をしたら色々と面倒な事に、等々文句を言われ結局のところ要求は通らず、あれからリュカと言葉を交わす機会は残念ながら一度もなかった。 諦めたくない、という強い気持ちはあれど、我儘を言ったところでなんとかなる訳でもなく、ネスは一度冷静に他の方法を模索していた、 そんな時にぽろりと突然彼の元に落ちてきた朗報はあまりにも意外で到底信じられるものではなかった。 (勿論、めちゃくそ嬉しい。嬉しいんだけど)  嬉しさと恥ずかしさ半々の、絶妙に落ち着く事の出来ない、何とも言えない気持ちがネスの心の中を占める。 こんな事ならやはり普段から声を聞かせておいて欲しかった、と内心許可を下さなかったマスターハンドを少しばかり恨んだ。 「でもさ、ある意味あんな手紙もらってから会うのもちょっと照れ臭いよね」  今まさに同じ事を考えていた、向かいで他人事のようにコーヒーを飲みながらそう話すマルスに、ネスはむず痒さを感じながらも小さくため息を吐いて頷いた。 「まぁ。でもまた、前みたいに乱闘したり遊んだりできるんだし。楽しみだなぁ、早く来ないかなぁ」 「そうだね。ずーっと待ってたんだもんね」  きっとリュカ自身も待ちに待った参加許可がようやく下りたのだから、今か今かとそわそわしているに違いない。 その日が来たらめいいっぱいお出迎えをしてあげよう。 もうすでにわくわくした気持ちを無理くりに抑え、試合間近となったネスは腕を伸ばしてストレッチを軽く済ませた後、軽快な足取りで会場へと駆け抜けていった。  そしてついに、リュカが大乱闘の世界へ再び訪れる日がやってくる、はずだったのだが。 「はぁ……」  その日、ネスの機嫌はこれまでにないくらいすこぶる悪かった。額の上には氷袋、頭の下には氷枕が敷かれ詰まった鼻が苦しくぜいぜいと息をしているネスの隣で、マルスとアイクがやれやれと言うように苦い笑みをこぼしていた。 ネスが見事なまでのド風邪を引いてしまったのは厳密に言えば三日前で、勿論試合もその日から欠場が続いている。 ちなみに機嫌が悪い原因は風邪だけではなく他に何が嵩増しさせているのかといえば、 マスターハンド曰く参加者を迎え入れる際に世界との繋がりを担う大事なシステムに不具合が生じたせいで、 リュカがこちら側にやってくる日が伸びてしまった事がどうにもならない程にネスの不調を生み出していた。 「だからあれ程腹を出して寝るなって言ったろ」 「だってさぁ、そんなつもりはないのに布団が勝手に離れてくんだもん」 「だっても布団もありません。しばらくは絶対安静ね、分かった?」 「へいへい分かりましたよ」  家から持参していた青色の布団を頭から被り、潜り込んで猫のように丸くなると視界が真っ暗闇へと落ちる。 試合が終わったらまた様子を見に来るから、とだけ告げた二人は布団越しにネスの頭を撫でると足音を立てずに部屋を出ていった。 (はぁ、つまんないの)  途端に音の無い静かな空間となった部屋は心なしか寂しさを感じ、 ネスは上半身だけを起こすとサイドテーブルに手を伸ばしていつも愛用しているヨーヨーを手に取った。 布団を肩にかけ腰掛けるようにベッドに座り、いつもの調子で巧みにヨーヨーを操る。 その時、突然ヨーヨーがばちんと音を立てて手元から離れ、ドアの方に向かって真っすぐに転がっていった。 「うわ、切れた」  残った糸をゴミ箱に投げ捨て、ふらふらとした足取りで落ちたヨーヨーを取りに行くと、次第に視界までもがゆらゆらとブレが生じ始める。 「え、あ、ちょ、うそ」 これはさすがにちょっとやばい、と警報が鳴り続けている頭を横に振ったその時一気に視界が反転する。 「う、おおおおっとー!」  勢い良く開かれた扉。 そこから姿を現したネスと同じくらい小さな体が倒れたネスの体を颯爽と受け止めた。 衝撃で再び転がったヨーヨーが壁にこつりとぶつかり小さく円を描いて倒れている。 「ネ、ネスさん…! ちょ、し、しっかりしてよ!」 「うーん……マジカントへようこそ……」 「そ、そうだ。とにかく水と氷と薬……あとは、ええと、ええとー……とにかく寝ててー!」  ぐったりと重みの増した熱い体を支えながら、ただ一人孤高の叫びが室内に響き渡ったのだった。 ***  二度見した。ネスがものの見事に倒れ三十分が経過した頃、ふと意識が浮上した視界の中には心配そうに見下ろすリュカがいた。 初めは夢だと思った。つい先程マスターハンドから今日はリュカは来れないと言い渡されたばかりだったのに、あまりの人恋しさに夢にまで出てしまうとは。 しかし、いやにリアルな声とぎゅっと握りしめられた手の感覚、そしてやはりこれは夢ではないと確信できたのは、 驚いてベッドから飛び起きた際にリュカと額をぶつけ合って痛みを感じた時だった。 「ドッキリさせようと思ったのに、こっちが先にドッキリしちゃいました」  リュカが苦笑しながらそう告げると、未だ整理がつかないネスの頭の中は余計にごちゃごちゃと散らかっていく。 「マスターは、システムがなんとかって言ってたのに」 「えへへ、ネスさんのことびっくりさせたくて。渋々ながらも協力してもらったんです」  伝書鳩、というか電話の件もあったのでそれで結構強く言えました、と語るリュカの表情は笑ってはいるものの暗みを帯びていて少し怖かった。 「じゃあ、もしかして僕以外はその事知ってるの?」 「あぁ、それはごく少数ですね。僕が来ているのを知らない人はまだいると思います。マルスさん達は上手く合わせてもらっていたので勿論知ってますけど」 (ち、畜生~!)  行きどころのない苛立ちが募り、ネスは布団を握りしめながら今頃試合に出ているであろう王子を思い浮かべて心の中で呪った。 けれども、リュカが来てくれた事実は嬉しい事に間違いはなく、ネスも仕掛けた側に対して全てを怒っている訳ではなかった。 目の前には長らく会いたかった人物が、小さな椅子に座りながらにこにこと辺りに花が舞うような笑顔を零して、 しかし視線はちらほら、体はそわそわと揺れ続けて落ち着かない様子が続いている。それに乗じて何故だかネスまでもがそわそわしてしまう始末で、 折角再び会えたというのに突然何も言葉が出なくなってしまっていた。 (たくさん、話したい事あったはずなのに)  その時ふと、サイドテーブルの上に置いてある壊れたヨーヨーが視界に入った。 ちょいちょい、と手を伸ばすとそれに気付いたリュカが手に取りネスへと渡す。 汚れが目立ったヨーヨーの紐は見事に真っ二つに切れていて、修復する事は難しく新たに使用するには取り替えるしか方法はなさそうだった。 「風邪が治るまでにはこれ直さないとなぁ」 「紐、切れちゃってますね」 「大分使い込んでたし、そろそろ替え時だと思ってはいたんだけど」 「あぁ……ええと、これとか代わりに使えますか?」  そう言ってリュカがポケットの中に手を入れてごそごそと探り出したのは、体全体がショッキングピンクの一際目立つ色したヘビ。ヒモヘビだった。 「これ!?」 「ちょっと太いかなぁ」 「いや、厳しいんじゃないかな。さすがに」 「あ、巻けそう!あとはヒモヘビがネスさんの人差し指を咥えて固定すれば、なんとかいけるかな」 「指千切れるんで勘弁してください!」 「……ぷっ、あははは!ですよね、へへへ」 「あた、当たり前じゃん……むふふっ、あははは!」  意外にも強引に事を押し進めるリュカを止めようと必死になっているネスが面白くて、 堪らず涙がちょちょぎれる程に声を上げて笑うとつられるようにネスも腹を抱えて笑った。 ヨーヨーに挟まったヒモヘビを丁寧に取り出して一言ごめんねと謝れば、小さく頷いて静かにポケットの中へと帰っていく。 「はぁはぁ……笑いすぎてお腹痛くなってきた」 「あぁ、ほら、ちゃんとお布団かけなきゃだめですよ」 「リュカってば、なんだかママみたいだなぁ」 「確かに、お父さんよりはお母さんに似てるってよく言われるかも」 「あ、いや、そういうアレでは……まぁいいか」  視線を外して照れ臭そうに頬を染めるリュカにそれ以上ネスは何も言わなかった。 先程までの緊張した空気は一体何だったのだろうと思えるくらいに今はふわふわと軽くぬくもりを感じ、 一人寂しかった部屋の中はいつの間にか居心地の良いものになっていた。 他愛の無い会話を交わしていた頃、再び扉のノックが響いた。ネスが布団から出ようとすると、それをリュカが制止して首を振る。 「多分、マルスさん達ですよ。僕が出ますね」  そのさりげない気遣いにネスは素直に頷いて再び元の位置へと戻ると、リュカがぱたぱたと扉に近付いて特に警戒するでもなくドアノブを捻った。 しかし、ほんの少しだけ開いた隙間から外を覗いたその時、リュカの表情は一瞬で強張った。 「リュカー?」 「あれ? 君、ネスじゃな、」  まるで地響きだった。 一瞬、廊下に立っていると思われる人間の声が微かに室内へと漏れたものの、リュカの勢いよく扉を閉めた音が一刀両断とでもいうようにそれを遮断した。 「ど、どうしよう! 知らない人いる!!」 「ヘイユー、もう少し冷静にいこう。今そこにいるの、マルス達じゃないの?」 「なんか違う! なんか頭の色が違う!」 「つまり服装は近いけど髪の色が違うってやつだ。ちなみにそいつは何色だったんだい」 「あ、あああ……赤赤赤っ!」  リュカのその渾身の叫びを聞いたその瞬間、ネスはまるでテレポートをしたのかというくらいにベッドを飛び出した。 未だわたわたと落ち着きのないリュカの側を横切り、代わりにもう一度ドアのノブをゆっくりと開く。 すると、その先に立っていたのはネスが想像していた通りの人物が困った顔で彼を見下ろしていた。 「ロイ! やっぱりロイだ! 久しぶりだなぁ!」 「あ、ネス! よかった、部屋間違ったかと思ったよ」  意外な人物の登場に嬉しさが込み上げたネスは勢い余ってロイの体に飛び付いた。 仕方ないなぁと言いつつも、その小さな体を抱き上げてぶんぶんと体を軸にぐるぐると振り回してはしゃいでいると、 部屋の中から恐る恐る足を踏み出したリュカがこっそりと二人の様子を伺っている。 それに気付いたネスがロイから離れ、リュカの手を掴むと勢いよく廊下にその体を引っ張り出した。 「ちょ、ちょっとネスさん!」 「大丈夫だよ、この人不審人物じゃないから」 「お前なぁ」 「この人はロイって言って、前々回の大会にも出てた人です」 「あ、もしかして、僕と同じ日に参加するって言ってた……」 「そうそう、それ俺」 「なんだ、そうだったんだ。ごめんなさい、驚かせて」 「俺こそごめんな。ま、仲良くやろうぜ」  にっこりと口角を上げたロイとようやく冷静さを取り戻したリュカが照れ臭そうにそっと握手を交わしたと同時に、大きなくしゃみが廊下にぎんぎんと響いた。 「あ……ごめ、いいシーンなのに、邪魔し、はっ……ふわっ、ぶえっくしょおおん!」 「そういえば、風邪引いてたんだっけなお前」 「は、早く部屋に戻りましょう! あぁ、ほら体冷えてますよ。僕、おかゆ作ってきます!」 「あははは、リュカごめ、はぁ、ああ……ああーーっくしょおおい!」 「ああもう、喋ってないで早く布団に入れー!」

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