誘拐されちゃった話

「へ?」  一瞬だった。今日の夕飯は何にしようかななどと呑気なことを考えながら帰路を辿っていたら、気付いた時にはもうワンボックスカーの後部座席にぶちこまれ、あれよあれよというままに両腕を後ろ手に縛られていた。手際がいい、かなり手慣れているあたり初めてではないことが窺える。寄りにも寄って今日はメンテの日でアーマーも手元にない。  最近妙に変な視線を感じるなとは思っていた。でも、ヒーローに復帰してからというものの、そういった視線は少なくなかったし、ありがたいことにファンだと言って声を掛けてくれる方もいる。だから余程のことでなければあまり気にしていなかったというのは事実で、後々これ怒られるんだろうなあと小さく溜息を吐くと、どうやら煽られていると感じたらしい誘拐犯のヴィランに早速平手打ちと脇腹に蹴りを食らわされ、仕事帰りの空きっ腹になんてことをするんだと肘打ちしたらぐりぐりと足を踏まれて最悪だった。 「ああっ、これ卸したての革靴なんだぞ!」 「バーカ。今から金になるヤツがそんなちんけな靴の心配してる場合じゃねえだろ」  ちんけな靴だなんてどこまで失礼な人たちなんだろう。一つくらい良い物を持ちたいなと思って青川さんのところの一番高いやつ買ったんだぞ。そんな僕の怒りなんて他所に荒い運転のまますごいスピードで走っているせいか、五分もしないうちに事態を把握したであろう緊急車両のサイレンがあちらこちらから聞こえ始めた。どうにか止まった時にでも窓をタックルでぶち破って脱出したいところだったが、この状況だとパトカーを吹っ切るまでは信号なんて無視して走り続けるに決まっている。どうしたものか、と考えているうちに聞き覚えのあるエンジン音が急速に近付いて来ていることに気付いた。 「な、なんだっ」  目隠しを施されていない運転席のウィンドウに青い閃光が横切った。その瞬間、ボンネットの上から両腕で押さえつけている何か、それは間違いなく。 「インゲニウム!」  足元から更に湧き上がる青、それに逆らえるほどの車に馬力はなく、次第にスピードが落ちていく中、今度は後部座席の右側のウィンドウが突然音を立てて割れ、バリバリと耳に響く音と共にひんやりとした氷が侵入して、ひとりのヴィランが飲み込まれる形で動きを封じられていた。 「しょ、ショートくんまで!」 「無事か、緑谷!」 「僕は平気、だけど、ッ、ん、むう〜!?」  もう大丈夫、と思った直後、早々にワンボックスカーを捨てた隣にいたヴィランがうるさい僕の口に猿ぐつわを突っ込んで(タオルかなんかだと思う)縛られたままの腕を無理矢理引き寄ると、ラゲッジに積んでいたらしいバイクに乗り込むと、バックドアを吹き飛ばしながらそのままUターンする形で逆方向を突き進んでいく。 「んん、んんぅっ〜!」  不意を突かれたパトカーの群を物ともせずすり抜け、僕はというとタンデムシートにうつ伏せになり、頭と両足がだらりと垂れた状態のまま太いベルトのようなもので固定されている。かなりすれすれのところを抜けるもんだから何度もパトカーと激突しそうになって肝が冷えたが、群衆の中に見知ったヒーローたちが何人がいることに気付いて、なんだか情けないところを見られてしまったなあとちょっと恥ずかしくなってしまった。写真とか撮られてないといいなあ。 「チッ……くそ、SNSにアンタのアホ面流れてんな。目立ちすぎだぜ」 「ん〜〜んんん、んう、んんう!」 「このまま港まで飛ばして売っぱらっちまえば俺の勝ちだ!」  どうやら今度は密輸船に乗せられてそのまま人身売買されてしまうらしい。見捨てた仲間たちのことを気遣う様子もなく、逃げたもん勝ちとばかりに後ろを見向きもしない。そんなだからすぐに足がついてしまうのだ。 (あと五秒、四……三……二……)  来た。耳と鼻が塞がれていなくて良かった。雲一つない青空の中で弾けるような破裂音、鼻を掠る潮風よりも嗅ぎ慣れたニトロのような汗の匂い、そして何より、風を切るように放たれたどデカい暴言の嵐が降り注ぎ、どうにか頭を上げ空を仰ぐとそこには久しく見ていなかった顔からはみ出るほど吊り上がった白目と、両手から放たれる鮮やかな輝きと爆発が視界の全てを覆い尽くしていた。すっかり、目を奪われた。空中で捻るように旋回し、体中を光らせながら一気に距離を詰めてくる大・爆・殺・神ダイナマイトは正しく名前の通りの神々しさでヴィランを追い詰めていく。 「しぶとく逃げてんじゃねェぞ、このクソカスヴィランがァ!!」 「ちくしょ……そっちこそ煽りゃ勝てっと思ってんじゃねえぞ!」  すごい、このヴィラン。あのかっちゃんの暴言に暴言で返している。なかなか肝が据わっていて不覚にも尊敬してしまったけれど、正直のんきにそんなことを考えている場合ではない。波の音がする。やわらかな潮風が吹く中、大きな輸送船が埠頭の側に停泊されており、恐らく彼の依頼人はこの船の中にいる。  ついに追い付いた大・爆・殺・神ダイナマイトは止まったバイクの向かいに佇み、ボキボキと両手を鳴らしながらゆっくりと距離を詰めていく。相変わらず顔が怖い。忠告を聞いてもらえなかったからか、鬼の形相でこちらに睨みを利かせている。きっとあれは相当怒っているぞ。 「く、来るなっ! こいつがどうなってもいいのか!」 「どうなってもって、どうするつもりだァ? 大事な売りモンに傷付けるってか」 「多少は構うか! あと一歩近付いてみろ、ヒーローデクに血ィ流させたるわ!」  焦燥した様子で懐から取り出したサバイバルナイフの刃先が僕の首元へ向けられ、思わずうおっと声が出る。でもそれに対する恐怖よりかはバイクに縛り付けられたままの苦しい体制から早く解放されたい気持ちが強く、どうにかんーんーと出せない声を無理矢理出して訴えるも、どうやらサバイバルナイフに恐怖を抱いていると勘違いされたらしく、仕方がないと大・爆・殺・神ダイナマイトにどうにかアイコンタクトを試みる。 (腹が苦しい! どうにかして、下ろしてくれるよう頼んで!)  ぱち、ぱちぱちぱち。大・爆・殺・神ダイナマイトはなんと、こくりと静かに頷いた。 「おい、クソヴィラン! クソザコの分際でいつまでも拘束してんじゃねえってデクが言っとる」 「あンだとォ!?」 「んんんッーー!!」  そんなこと、一言も言ってない。口が塞がっているので文句を言えるはずもなく、ただでさえ人の逆鱗に触れやすい大・爆・殺・神ダイナマイトの煽りのせいでブチギレって感じのヴィランは、持っていたサバイバルナイフを握り直し、怒りのままにその刃先を僕の背中目掛けて振り下ろそうとした。その、直後だった。 「余所見してンじゃねェぞ、ゴミ虫ヤロー!!」  一瞬の隙だった。そのたった数秒、大・爆・殺・神ダイナマイトから視線を外し、僕へとその矛先を変えたヴィランは目の前で顔面に飛び膝蹴りを食らい、その上で両手からの最大火力、見慣れた僕でさえしばらく目がチカチカしてしまった程に見事な爆破にまみれてはコンテナを突き破る程の物凄いスピードで吹き飛ばされていった。  それで終われば、良かったのだけれど。 「ん、んっ……んんんーー」  誤作動だった。爆破の影響か、はたまたヴィランが細工を施していたのか。僕以外に乗っていないバイクに突然エンジンが掛かり、そこからは言うまでもなく。 「出久ッ!!」  着水する前に最後に聞いた、かっちゃんが僕を呼ぶ声。ああ、もしかしたらこれが最後になるのかも知れない。こんなことになるなら、残業なんてしないでかっちゃんのご飯の誘いにオーケーして一緒に美味しいもの食べながらくだらないこと喋ったり、二人とも明日は休みだったからアルコール飲んで酔っ払ったまま、たまにはお泊りしようって誘えば良かった。  ぼちゃんと大きな音を立ててしょっぱい水の中に沈んでいく感覚に不思議と恐怖はなかった。いくらかっちゃんでも海の中は分が悪い。重い車体に縛られた成人男性の拘束を解いてそこから水面まで浮上するにはかなりの体力と力が必要になる。周りにサポートできそうなヒーローは見当たらなかった。多分、このまま沈んで下手したら行方不明のまま世界から消えてしまうのだろうか。それもなんだか寂しいけれど、人生の終わり方としては悪くないのかな。でもやっぱり、最後くらいはかっちゃんの隣りにいたかった。 (出久……!!)  祈りすぎて、どうやら幻聴が聞こえるようになってしまったようだ。 「おい、出久ッ!! テメェこの……いい加減目ェ覚ませやボケカス!!」  幻聴にしてはいやにリアルだな、と思ったら突然頬をバチンと音を立てて叩かれ、ぐわっと目を見開いた。さすがに痛すぎる、これ頬が赤くなっていないか。と意識がはっきりしてきた頃、ようやく縛られていた体が解放され、しかも地上に戻ってきているようで、びっしゃびしゃに濡れたワイシャツはいつの間にか脱がされており、代わりにやわらかいバスタオルに包まれていてとても気持ちが良い、けれど体内に入り込んだ海水が逆流して勢い良く咳き込んだ。最後に、オエッていった。 「汚えな!」 「む、無茶言わないでよ……でも、何で僕生きてるんだっけ?」 「そら、俺がいるのに救からねえワケねえだろ」 「でもかっちゃんの個性は、」 「俺達は一人じゃねえ、そうだろ」  照れ臭そうにそう言われた後、かっちゃんと僕が元A組のみんなに囲まれていることに気付いた。僕一人のためにみんなが駆け付けてくれた、もう死ぬんだと諦めていた僕を他所に諦めなかったみんなが僕を助けてくれたんだと気付いて目頭が熱くなる。ああ、君達は本当に、間違いなく僕の。 「みんなは最高の、ひぐっ……ヒーロー、だぁ……!」 「ヒッデェ顔」 「爆豪、いい加減素直になったらいいんじゃねえか?」 「ウッセ!」 「もういっそのこと、バクゴーのかっちゃんはこのまま走り抜けて欲しい」 「それはどういう意味だ!」 「心配すぎてどうにかなっちゃいそうでしたって言ってやりゃあいいのになあ」 「テメェら……あることねえことほざいてんじゃねェぞ!!」  毎度恒例の切島くん、上鳴くん、瀬呂くんたちとのやりとりに安心さえ覚えて、次第に照れくささで赤くなっていくかっちゃんの頬になんとなく、そう本当になんとなく、みんながいる前だと分かっているのに、愛おしさが溢れて思わずそっと触れるだけのキスをした。 「かっちゃん、ありがとう!」 「…………は?」  歓声が上がる中、今の今まで怒号を上げていたかっちゃんはというと何故だか固まって動かなくなってしまった。事件が解決してほっとしちゃったのかな、と思い腕を引きそっと抱き締めながら耳元でそっと呟いてみる。 「大好きです」  ひゅっ、と息を呑む音がした。そのあともかっちゃんは何も言葉を発することなかったけれど、まだ少しびちゃびちゃなままの僕を震えた腕でそっと抱き締めてくれたのだった。

(2026.05.12)

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