僕だけ知らなかった話
かっちゃんが僕の恋人になった。この字面だけ見ると到底信じられない事実ではあるが、決して冗談を言っているわけではない。随分と長い年月の間、僕はかっちゃんに片思いをしていた。それこそ幼少時の仲が良かった頃から拗れに拗れた小中学生の頃、そして共に通った雄英高校で奇跡のような時間を過ごしていた間も、僕はずっとかっちゃんが好きだった。 紆余曲折は勿論あった。何度も挫けそうになったし、嫌いになれるなら嫌いになってしまいたかった。でも、どうしても出来なかった。ずっと彼を見てきた僕が今更見なかったことになんて不可能なほど、僕にとってかっちゃんはあまりにも強大で眩しすぎる存在だった。でもそれは恋心にはなり得ない別のものだと思っていたし、実際にそうであったのだと思う。憧れであり、目標であり、自身が羨望していた一番身近な凄い人であると。それが今更新たに地面の下から芽生えてしまった恋心が合わさり、彼への気持ちを自覚をしてからというものの顔を見るたびに呂律が回らなくなり、これまで普通にしていた会話も合わせた目線もその度に挙動がおかしくなっていった。自分自身でも何を言っているのか分からなくなるほど頭が真っ白になり、ついに先日、その様子のおかしさを問い詰めてきたかっちゃんに自白を強要されてしまったのだった。 「迷惑だよね、こんな、今更、僕……ごめんっ! これからもちゃんと距離取るから」 「取らんでいい」 「いや、だって気持ち悪いでしょ? 僕男で、しかも子供の頃から知ってる幼馴染がその、そういう意味で、好きとか、そんなの……」 「お前本気で気付いてねえンか」 「気付……何? なんの話?」 「まあいいわ。とにかく、今まで通りでいい。あと、今日から俺とお前は付き合っとる。浮気すンじゃねえぞ」 「へ……あ、うん、わか……はい!?」 母校である雄英高校の職員室、特別講師として呼んでいた大・爆・殺・神ダイナマイトはそれだけ言い残すと反論をする間もなくその場を去った。僕と、かっちゃんが付き合っている。本日付で。そんな契約書交わしていたかな、と理解が追いついていない脳で何度も考え直してみてもそんな書類に目を通した記憶はないし、僕の気持ちは伝えたけれどかっちゃんが僕をどう思っているかなんて一言も伝えられていない。それなのに、なんと彼は僕と付き合っていると言う。 「お付き合いの定義って……なんだ……」 誰かと恋人同士になるということは、気持ちの相互理解と一致をしたということが絶対条件で、確かに僕は先程暴かれる形でかっちゃんのことが好きだと本人に伝えたけれど、お付き合いしてくださいと頼んでもいなければ、僕がかっちゃんのことを好きなように、かっちゃんが僕を同じように好きであるかどうかさえ分からないのである。それなのに、そういった段取を吹き飛ばして突然俺達は付き合っているなどと明言されてしまい、当然僕は何が起こっているのか分からず混乱してまともな反論を出来ないまま、一人無人の職員室に取り残されてしまった。ついでに、僕の長年抱いていた気持ちも状況についていけずに置いてけぼりを食らったままだ。 「実感がない……。炊飯器のスイッチ入れといたからみたいな感じで言われちゃったしな……」 危うく、いつもの感じで分かった、なんて軽く返事をしてしまいそうになったくらいには、あまりに唐突過ぎて何を言われたのかさっぱり分からなかった。何度思い返してみても疑問符が溢れる最中、デスクの上に置いていたスマートフォンからぽんと通知音が鳴った。先程別れたばかりのかっちゃんからメッセージが届いたらしい。 「車近くまで持ってきた……家まで送る……ええっ!?」 さすがに悪いよ、送信。ホーム画面に戻ろうとした直後に返信が届いて戻り損ねる。 「恋人なんだから当たり前、だろ……ひょえ〜」 何これ何これ、何なんだこれ。君と恋人になったの五分前ですが、もうそんな優遇していただいてしまって宜しいのでしょうか。変化し続けていく現状に混乱したまま呆然とトーク画面を眺めていると、その間にも次々にメッセージが流れて慌ててキーボードを画面外から引っ張り出した。 『飯、俺んちで食うぞ』 「でも僕まだ仕事あるし」 『てめェは迎えに来た恋人待たせてまで仕事すンのか?』 「そんなつもりはなくてですね』 『あーあ、失望だわ。せっかく仕込んであるロース肉が待ってるっつーのによォ。愛が感じねえ、愛が』 「はいはいすみません今出ました、ちょっ、とまっててくだし、」 爆速で返ってくるメッセージに対応しつつ慌てて消灯して鍵を閉めたことを確認し、可能な限りのスピードで校門へとダッシュで移動する。五分前だぞ、六分前はまだただの幼馴染だったんだぞ。何なんだ、この変わり身の速さは。背広を羽織る暇もないまま、リュックサックとアーマーを小脇に抱え、息を荒げて門をくぐると相変わらずのかっこよすぎる黒いかっちゃんカーが堂々と鎮座していた。と、同時に後ろの扉が開かれあれよあれよというままにふかふかのシートに沈まされ、あろうことかご丁寧にシートベルトまで付けてくれている。 「君は一体……誰なんだ……」 「爆豪勝己、てめェの幼馴染兼恋人。ヒーロー名は大・爆・殺・神ダイナマイト、だが? クソナードのくせに知らねえのか、俺を。無知蒙昧も甚だしいな」 「はあ、そうでしたか。存じ上げておらず大変申し訳ございません……」 「夜通しで俺が直々にしっかり教え殺してやるからありがたく思えや」 「ありがとうございます、ありがたすぎて涙が出そうです」 つまり本日はお家に返してもらえないということでしょうかと確認する勇気などあるはずもなく、それでもおそらく出来たてのかっちゃん特製カツ丼を二人で食べられるのかと思うだけで不思議とわくわくしてしまう単純すぎる自分に苦笑を零すしかなかった。 *** 「で、そのままお持ち帰りされちゃったの?」 「怖い言い方しないでくださいよ、オールマイト。彼が素直じゃないのはあなたもご存知じゃないですか」 次の日の昼。オールマイトにお昼を誘われて、メロンパンとお茶の入ったビニール袋を拵えて久方ぶりに仮眠室へ向かった。ワンフォーオールを所持していた頃はたびたび彼とここへ訪れては大切な話をしていたので、今でも自身にとって特別な場所になっていると思う。教師になってからは、こんなにすぐ側にいらっしゃるのにあまりの多忙さでなかなかこういった機会も恵まれず、その上ヒーロー活動を始めてからは、担任として育ててきた生徒たちを送り出し今年度から非常勤になったこともあって、雄英に滞在している時間も以前より少なくなっていることもあり、こうして二人きりでゆっくりお昼ご飯を食べられるなんて滅多にあることではない。とても嬉しい。寧ろ今日はこれを楽しみにウキウキで出勤してきました。 「今日ぐらい休めや! とか言われなかったのかい?」 「えっ、なんで分かったんですか? 言われましたけど、オールマイトとお昼を食べる約束をしている話をしたらどうにか解放してくれました。舌打ち二十回くらいされましたけど」 「ハハ、それは悪いことしちゃったねえ」 いくら恋人の頼みといえどオールマイトとの約束は守らないわけにはいかない。偶然とはいえ非番だったかっちゃんには申し訳ないけれど、逆にキャンセルをしていたらそれこそかっちゃんに怒られていたと思うので正しい判断だったはずだ。それに、実際今こうして憧れの人と一緒に食べるお昼は何度経験しても掛け替えのない大切な時間だなと思う。 「……正直、一晩経ってもまだ信じられないです。かっちゃんが、僕の恋人だなんて」 「そうかい? 私は時間の問題だと思っていたけどね」 「そんなに分かりやすい感じでした!?」 「だってさ、君もよく考えてごらんよ。今まで彼が君にどんなことをしてきたか」 やれやれとソファに腰掛けながらお茶を啜るオールマイトを前に、まだ半分ほどしか減っていないメロンパンを頬張りながら過去を振り返ってみる。 かっちゃんは旧A組の中心となって僕のアーマー制作において企画立案を担ってくれて、完成後の今もメンテナンスを欠かさず行ってくれるし、僕が参加する任務にはほとんど隣りにいてサポートも欠かさない。教師の仕事もあって忙しいだろと言われてから報告書の作成や事後処理まで全て担ってくれているので日頃から頭が上がらないけれど、たまには自分でやるよと言っても絶対に譲らないことも知っているからついその優しさに甘えてしまうのもしばしば。教師をしている日も食生活を心配されているのか、時々お弁当を持ってきてくれることもあった。勿論かっちゃん特製お弁当で、中の具材も様々な野菜や肉系のおかずが詰め込まれていてとても色鮮やかでなんというかビジュアル的な芸術点が高い。それでもって美味しい。僕の好みを知り尽くしているのではないかと思ってしまうほどには好きな味がするおかずしかない。そんでもって昨晩のような送迎も初めてではなかった。以前も今日は早く上がれたからと雄英まで迎えに来てくれたり、特別講師をお願いした日は僕の仕事が終わるまで職員室で待っていてくれていた。しかもその後夕飯を外へ食べに行き、かっちゃんの住むマンションとは逆方向の僕のアパートまで送ってくれるオプションまで付けてくる。 「そっか……そう、だったのか……」 愛されている、こんなにも。そのストレートのようで遠回しにも見えるそれらを見慣れてしまっていたせいで、誰が見ても分かるような彼の真っ直ぐな愛情を見逃していたのは自分だったのだ。 「爆豪少年はね、誰にでもそういうことをする人ではないよ。君が一番よく知っているじゃないか」 「……かっちゃんはいつも、自分のしたくないことは絶対にしないって言うんです。僕がどんなに遠慮しても、俺がしたいからしてるだけだって。その言葉に、僕はずっと甘えていたんですね」 「いやあ、学生時代から君たちを見てきてるからね、ほんと感慨深いところもあるけど。でも彼は、その頃からもう君に特別な感情を向けていたと思うよ」 にこにこと優しい微笑みを浮かべるオールマイトを前に、自分の鈍さが露呈されてしまったような気がして恥ずかしくて堪らず俯いた。 昨夜、かっちゃんの住むマンションの部屋に行くと、直前に言われた乱暴な言い回しとは裏腹に、かっちゃん特製のカツ丼をご馳走になり張ったばかりの一番風呂を頂いたあと、最近発売された復刻版ヒーローチップスを食べながら他愛のない話をして明日は早いからとふかふかの上質そうなベッドで寝かせてもらった。かっちゃんはソファでいいと言ってリビングで寝ていた。至れり尽くせりとはこのことである。しかもあのかっちゃんが、おやすみ、なんて甘い声を掛けてくるものだからギンギンに目が覚めてしまい、それから一時間は胸の鼓動がうるさくてなかなか眠れなかった。翌朝、起きてすぐに鼻を掠めたいい香りにつられてリビングに向かうと、焼きたてのトーストと目玉焼き、塩がまぶしてあるぷりぷりのウインナーとほっとする温かさのコーンスープがテーブルに並んでいた。思わず涎が出てしまい、汚えから早よ顔洗ってこいと尻を蹴られたので急いで済ませて戻ってきたら、メシ楽しみにしとる小学生かよと笑われてじんわりと頬が熱くなった。 「あ、あっ〜……なんかもう、何で今まで気付かなかったんだろうって思うくらいには、ああっ……はあ〜〜」 「灯台下暗し、傍目八目ってやつだね」 「好きです、僕。やっぱり、かっちゃんが大好きだ……」 「そういうことは本人に言えや」 「ぴエッ!?」 ガラガラと突然開け放たれた仮眠室の扉、そして姿を現したのは話の渦中にあった人物、なんと爆豪勝己本人が私服で仁王立ちしているではないか。なんでここに、今日は非番のはずでは、迎えにくる時間にしては早すぎる、などと聞きたいことは山ほどあったけれど、その間も与えられないうちに僕の隣に腰を下ろしたかっちゃんは何故だがご機嫌ですと言わんばかりににやにやと口角を上げながら鼻で笑っていた。 「てめェのクソナードっぷりを舐めてたわ。鈍感にも程があんだろ」 「だよねえ。気付いてなかったの緑谷少年くらいだったんじゃない?」 「だろうな。腹ァ立つがクラスのヤツらは全員気付いとったし、脈あンのも分かってたからそのうち来んだろって思っとったのにこのざま。結局俺から嗾けちまっただろうが、このクソボケ!」 「それ僕のせいかな!?」 「まどろっこしかったよねえ、ほんと。私も危うくお節介しそうになっちゃったもん」 「そ、そこまで周知の事実なら君から告白してくれても良かったじゃないか! なんか全部僕が鈍いのが悪いみたいに話すのやめてよ、かっちゃん!」 自分の秘めていたはずの気持ちも、ずっと知りたかったかっちゃんの気持ちも、僕以外のみんなはとっくの昔から知っていた事実に驚きと恥ずかしさを通り越してだんだんと腹が立ってきた。僕からすれば、哀れな僕を大勢で弄んでいたようにしか見えないからだ。とんだ笑い者じゃないか、そう文句を言おうと思ったけれど、意外にもかっちゃんはどこかバツの悪そうに目を細めていて、ふと沸いた怒りも次第に落ち着きを見せていく。 「かっちゃん……?」 「……俺にンな資格、あるわきゃねえ。てめェが一番よーーく分かっとるはずだろ、出久」 こんなにも弱気なかっちゃんを見たのは久方ぶりだった。かの大戦後に療養中だった時よりも別の意味でなんかふにゃふにゃしている気がする。そんなことを口にした時にはいつもなら爆破必至だった。でもきっと、今の彼はそうしない。 「……もう僕、気にしてないんだけどな」 「それは知っとる。でも俺がやってきたことは消えねえし、許されてえ訳でもねえ。ケジメはつけなきゃなんねえだろ」 「義理堅いよねえ、それでいて一途だし」 「ヂィッ!!」 なるほどな、と分かってしまう辺り付き合いが長い僕達は、その長さの割にはお互いに理解し合えないことも多い。どうしても意固地になって譲れないものもあるし、時間を掛けてぶつかりあった末に知ることの出来たこともある。その上で僕は今の良好な関係を続けたいと思っていたし、もし彼が同じ気持ちであるのであればそれ以上の関係を持てたら幸せだろうなと思っていたのだ。まさか本当に、お互いに好き合っていただなんて思いもしなかった。もしこれが夢だったら、覚めた時きっと辛くて立ち直れなくなる。 「僕、かっちゃんじゃなきゃ嫌だ」 「ン」 「僕が、かっちゃんがいい。だから、もういいでしょ?」 「出久がそう言うなら話は別だかんな。いくらでもくれてやらぁ」 「や……やったあ……!」 「良かったね、緑谷少年」 「はい、オールマイト! 僕、えへへ……幸せです」 昨日恋人になったばかりの僕達だけれど、二人の特別は知らず知らずのうちに子供の頃からずっと決まっていて。今日という日まで何度も何度も道から外れても再び交わりぶつかって、それでも彼から目を離せなかった僕の瞳に映る一番身近なカッコイイ君と、ヒーローとして幼馴染として、そして恋人としてこれからを歩める喜びを噛み締めながら、持っていた残りのメロンパンを口の中へ放り込んでは溢れた涙を弾き飛ばすように腕で拭った。(2026.04.29)
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