素直になれない大人の話
「かっちゃんはね、ぼくのこと、でくのぼーのデクっていじわる言ったりするけど、ぼくが転んじゃって泣いてるときは絶対一番に救けにきてくれるんだ」 光を発しているのかと思うくらい眩しい笑顔をにこにこと浮かべてそう話す出久は今、言葉も辿々しい程に幼く小さくて懐かしい姿になっていた。年齢は五歳、これは本人の申告により発覚、自身の記憶の中の出久とも合致しているためおそらく正しい情報であるといえる。どうしてこんなことになっているのかというと、相澤先生曰くいつもの事だそうで、ついに説明さえされなくってきた生粋の巻き込まれ体質の出久にそろそろ同情の念を禁じ得なくなってきたが、どちらかというと自ら巻き込まれに行っては何かしらを貰って帰ってくる事案の方が多いようなので自業自得とも思わなくもない。 「大きいかっちゃんは、やっぱりヒーローしてるの?」 「見りゃ分かンだろ、さっきまでパトロールしとったわ。どっかの誰かさんのせいで中断してここまで送り届ける羽目になったけどよ」 「いつも悪いな、爆豪。遅刻かと思うと大抵これだ、元に戻ったらお前からもよく言い聞かせといてくれ」 「こン時から体勝手に動いちまうようなヤツ、今更矯正できっかよ」 相澤先生から連絡が来る時は大抵、出久が不摂生な生活を送っている時と特別講師を依頼してくる時、そして手の付けようのない個性事故に出久が遭遇した時で、今回は後者である。相変わらず面倒事ばかりに巻き込まれる運の悪さは今に始まったことではないけれど、姿だけではなく記憶も後退しているとあれば、元に戻るまで職務に就けないのは勿論面倒を見れる人間も限られてしまう。 「……個性の持ち主によると数時間で戻るらしい、から状況が変わり次第連絡すりゃいいか?」 「ああ、それでいい。ちょうど禄に休みも取ってなかったしな、有休取得で処理しとくよ」 「そうと決まりゃあ、帰ンぞ出久」 「かっちゃんち行くの?」 「じゃなくて、俺とお前の家」 少し緊張した面持ちだった出久は、大人になって二人で同じアパートの部屋に住んでいることを知った途端に目を輝かせ、居ても立ってもいられなくなったのか早く早くと腕を引き、雄英高校から歩いて十分程を半分駆け足で歩かされながら帰宅した。途中のスーパーで豚ロース肉と卵、そしてヒーローチップスを二袋買ったあと、見慣れない部屋に驚きながらもリビングに飾られたオールマイトと大・爆・殺・神ダイナマイト、そして大人になった自分自身のフィギュアをそれはもう興味津々といった感じで眺めていて、どれくらい眺めていたかというとその間に二人分のカツ丼が完成するくらいには飽きずにじっと眺め続けていた。 「ほれ、飯」 「かっちゃん! これっ、これかっちゃんでしょ!」 「あとでゆっくり聞いてやっからまず飯!」 「オールマイトと、それに、ぼ、ぼくもっ! そっか……そっかあ!」 出来たての匂いにつられて食事テーブルの席についた出久は満面の笑みを浮かべている。じっと目線を上げてきらきらと輝く無言の訴えに頷いて答えると、小さな手で握ったフォークを使って丼に乗ったカツをぱくりと口に含んだ。 「おいしい!」 「たりめえだろ、俺が作っとンだぞ」 「かっちゃんはご飯もこんな上手に作っちゃうんだ、すごいなあ」 「別にすごかねえ」 五歳の出久は記憶よりも小さく見えて、それでも変わらないと思える笑顔や言葉は目の前のそれが確かに緑谷出久であると理解させられる。と同時に、この頃でしか分からない素直な思いや気持ちが露呈する瞬間も少なからず存在して、夕飯を食べ終え片付けをしている間もショーケースの前に座り込んでいた出久の隣に腰を下ろし、その横顔をじっと眺めていると心ここにあらずといったようなぼんやりした顔でじっと佇んでいた。 「ね、かっちゃん」 「どした」 「……大きいぼく、本当にかっちゃんとヒーローしてるの?」 「おー、ぴょんぴょんその辺飛び回っては人助けしとる」 「むこせーなのに?」 「無個性だからヒーローになれねえなんて誰が決めたんだよ」 「むこせーのくせに調子に乗んなって言ったの、かっちゃんじゃないか」 うぐ、と心臓を掴まれたような苦しさに襲われ何も言い返せなくなる自分に心底がっかりする。というよりは、今更がっかりしていることにがっかりしてしまった。当然のことを当然のように言われただけで出久は何も間違っていない、なにせ過去にそうやって自分が彼を追い詰めてしまったことは事実なのだから。 「…………悪かった。ごめん、出久」 「かっちゃんって、ごめんなさい出来たんだ……」 「大人だからな」 「大きくなると、こどもの時より素直になるのが難しいっておかあさん言ってたのに」 「お前に馬鹿なことしたって、俺はとっくの昔に反省しとンだ。そんでも許されることじゃねーって分かってっけど、でかくなってようやく気付いたんだよ。俺はやっぱり、お前とヒーローしたかったんだって」 馬鹿だよな、と改めて思う。何もかもが遅すぎて、何もかもが幼稚で、かっこ悪くて、クソダセェ自分にようやく気付いてすっかり大切なものを見失っていた自分の愚かさが今でも情けなく感じることがある。それでも出久は希望を捨てずに信じて向き合ってくれていた。どれだけ酷くされても憧れて続けてくれた。まだ雄英の生徒だった頃、クラスメイトに性格がクソ下水煮込みだとまで称された自分に何度暴言を吐かれ爆破されても、その度に手を伸ばしてくれていた。 「……かっちゃん、大きいぼくのこと大好きなんだね」 「信じられねえって顔してんな」 「うん……」 「それでいい」 「どうして?」 「お前は俺を許しちゃいけねえからだよ」 出久は言葉の意味が理解出来ないのか、首を傾げながらぱちくりと大きな瞳を瞬かせている。今はそれでもいいと思ったと同時に、それだけは忘れないでいて欲しいと心から祈っていた。 「ねえ、かっちゃ……」 その直後、ぼわんと砂煙のようなものが沸き上がり、その中でげほげほと咳き込む出久の体はすっかり元の大きさに戻っていた。個性の性質上なのか何も着ていない状態、つまり全裸で呆然と床に座り込んでいる出久に無言でソファーに掛けてあったひざ掛けを渡してやると、ありがとう、とじんわり頬を染めながら受け取った。 「記憶」 「やんわりあるかな」 「体は」 「特に問題なし」 「戻る寸前になんか言い掛けてたけど、心当たりは」 「えーっ……と……」 「言いたくないなら言わんでいい」 なんとなく、五歳の出久が何を言おうとしていたか察しはついていた。それは、子供にとって純粋な疑問、大人にとっては既に受け入れて消化してしまっているもので、今更言葉にするにはどうも照れくさくて口に出来ないのだろう。同じ立場であれば俺だってそうなる。 「かっちゃんには隠し事出来ないね」 「お前を理解するのは難しいと思ってたが、単純すぎて分かりやすすぎる部分もあるのは事実だかんな」 「それこそお互い様じゃないか」 「分かりきってることを今更言葉に出来っかって話だろ」 「……大人になると素直になれないってホントなのかも」 俯く出久に手を差し伸べて、何を疑うことなくその手を取った彼の体を無理矢理引き寄せる。うわ、と驚いた様子で、しかし抵抗することなく腕の中にすっぽりと収まって、ようやく馴染みのあるぬくもりを肌で感じながら汗ばんだ額にそっと口付けを落とした。ごくり、と息を呑む音が聞こえる。何度も何度も同じことをしても変に緊張感を隠せない出久も俺も気付いてみればもうアラサーと呼ばれる年になった。五歳の俺達はもっと、何に気を遣うわけでもなく思ったことを口にして、手を繋いで、喧嘩をしても次の日けろっとしながらまるで喧嘩などしていなかったかのように追いかけ追いかけられながら遊び、また明日な、なんて雑な約束をして馬鹿みたいにずっと笑い合っていた。そんな昔の記憶が残っているからこそ、今のしっとりとした二人の距離は違和感を通り越して新鮮ささえ感じる。それでも離れるなんてことは出来ないどころか、寧ろ出久が自分以外の誰かの隣りに行ってしまうことが想像さえ出来ない、許せないとも思ってしまうその身勝手な強欲な自分に心底呆れてしまうのだ。 「テメェが言えねえなら、俺が言う」 「え?」 「ずっと、一緒にいてくれてありがとな」 「かっ、」 「この先死ぬまで逃げんなよ」 「ねっ、熱烈う〜」 くしゃりとはにかむ出久が何故だか腹立たしくなって、大人になって少しマシになった頭のブロッコリーを掻き回すように撫で回しては声を上げて笑った。(2026.03.22)
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