大丈夫を信じない話

「緑谷。そういやさ、あれってどういう状態だったん?」  ふと思い出したように教室で声を掛けてくれたのは上鳴くんだった。どうやら大戦時の中継の動画を見ていた時に何か気がかりなことがあったようで、あるシーンを一時停止したままのスマートフォンの画面を見せながら指差したその先に映っていたのは、何度見ても心当たりのある過去の僕の姿で今となっては懐かしささえも感じる。 「ああ、これ」 「バクゴーも滅茶苦茶してたけどさあ、俺この映像流れてた時ずっと心配でどうかしちゃいそうだったんだよ。これってあの黒鞭っていう黒いやつっしょ? 瀬呂のテープみたいに使ってたはずなのに、知らねえ間にお前の体ん中でなんかこんなんなっちゃってて、俺、緑谷これ大丈夫なんかなって気が気じゃなくて」  上鳴くんが肩を落としながらそう話した時の僕は、死柄木との戦いで既に体がボロボロで、立ち上がることがままならないまま打開策を見出だせずにいた時、ワンフォーオール継承者である二代目が譲渡することによって内から抉じ開ける策を提案し、それに同意したのち黒鞭を全身に巡らせて無理矢理筋肉を動かしている状態だった。そのためか、自分自身ではあまり気にならなかったけれど、こうして映像として第三者目線で見てみるとなかなかのおどろおどろしさが見受けられる。道理で死柄木にさえ、ヒーローには見えないと言われるわけだと妙に納得した。 「これは……その。心配掛けてごめんね。情けないことに、こうでもしなきゃ体を動かせなくて、でも結果的には上手くいったから良かったんだけど」 「それってつまり、動かしちゃいけないやつを無理くり動かしてたってこと?」 「あ、いや。僕なりに個性を上手く応用できたと思ってて、その……ああ、上鳴くん。そんな悲しそうな顔しないで。大丈夫だよ、僕、ちゃんとここにいるから」  普段は誰よりも明るくて少しだけお調子者の彼が、こんなにも眉尻を下げながら泣きそうになっている原因が僕だという事実が何よりも胸の奥に痛みを生んだ。  無理はしていたと思う。でも、それは僕だけじゃない。あの大戦の中で戦っていた人々は皆、自分のすべてを出し切りぶつかり合ってはたくさんの傷を負った。戻らない命もあった。それを悲しむ暇もないまま復興が始まり、まだまだ心が未熟な高校生である僕達は、消えないまま煮凝りのように残る気持ちの一部をどこかに置き去りにしたまま前に進んでいるような気がして、それを拾いに戻ろうという気力が未だ帰ってこないままだった。全員が全員同じ気持ちではないかも知れない、けれど少なからず僕は気付けば頭が空っぽのまま何も考えない時間が自然と増えていった気がした。上鳴くんもきっと、少しずつ元の学校生活に戻りつつある今になって、あの日と向き合えるようになったのだろうなと悟って、ついに肩を震わせ鼻を啜り始めたものだから持っていたポケットティッシュを慌てて手渡した。 「ごべんっ、おま、みどりやだって、思い出したくないこと、きっとあんのに」 「ああ、どうしよう。僕のせいでこんな」 「ごめんなあ、緑谷。コイツもコイツなりに色々弱ってんのよ」  隣の席の瀬呂くんが助け舟を出してくれて、よしよしと肩を抱きながら上鳴くんを自席へと連れて行くのを眺めていると、背後から僕のことを名前で呼ぶ声がした。予鈴がなり始めた中、くるりと前を向くとまだ後ろを振り向いたままのかっちゃんがじっとこちらを見つめている。次の授業は英語、だけれどマイク先生が来る気配はまだない。 「どうしたの、かっちゃん」 「アレ、無理くりだったンか」 「黒鞭の話?」 「そ」  ぼそりと、小声で話した。 「ああするしかなかったんだ。本当に、体が動かなくて」 「それは別にいい。けど、今はなんともねえンかって話」 「あ……うん。それは、大丈夫、だと思う。時々体が痛むことあるけど、後遺症みたいなものだと思うし」 「ハァ!?」  何も考えずにここ数日のことを素直に話した直後、動く左手で力強く机を叩きながらその場に立ち上がったかっちゃんを慌てて落ち着かせる。ただでさえ一度は止まってしまった心臓に負担をかけてはかけてはならないのに、僕としたことがとんでもないことを口走ってしまったと今更気付いて反省した。教室に到着してすぐにかっちゃんの荒げた声を聞いたマイク先生もさすがに驚いて床にひっくり返っている。 「おま……ざけんな! ンな話聞いてねえぞ!」 「べ、別に普通に生活してる分には支障はないんだっ。ごめん、大袈裟に話しちゃって。ほんと違くてっ、えと、全然大丈夫なんだよ」 「テメェの大丈夫が大丈夫なワケねーんだよ。先生に話して今すぐ病院行くぞ」 「ちょっと、なんでそんな話になっちゃうんだよ!」 「おい、緑谷ァ。痛えなら痛えって早く言えよ。心配するこっちの身にもなれってんだ」  後ろの席で不機嫌そうに文句を垂れている峰田くん、その周りでうんうんと頷く瀬呂くんと八百万さん、その少し先を眺めると飯田くんが既に相澤先生を呼びに行っていて、麗日さんと轟くんが僕の荷物を纏め始めるものだから最早突っ込む箇所が多すぎてどうにもならない。どんなに説得を試みても腕を掴んで離さないかっちゃんと、終いには病院まで送ってやるからとマイク先生自ら授業を中断する流れに誰も異議を申し立てる者はいない。 「緑谷。今は大したことなくても、後々辛くなるようなもんかも知れねえだろ。ここは観念しとけ」 「と、轟くんまで……いくらなんでも心配し過ぎじゃないかな」 「前科があるとこうなるんだ。肝に銘じろよ」 「そういうこった。嫌ならまず信用を取り戻す努力をしろ。今のお前に一番足んねえもんだ」  念には念を押され、何を言い返せない僕を見て苦笑する轟くんについつられて僕も笑ってしまった。それと同時に、やはり僕はたくさんの人に恵まれていて、寄り添ってくれるぬくもりの優しさに触れるたび腹の底から溢れそうになる熱で視界がくしゃりと揺れていた。 「っ〜〜、今日からがんばりますっ」 「ハッ、期待はしねえでおいてやるよ」 「応援してますってことだね」 「勝手な解釈してんじゃねえぞ、クソが!」

(2026.03.13)

home