糧になりたい話
全身が痛い。後頭部への衝撃と腕や脇腹、太ももに足の脛、膝も擦れてあれだけ頑丈に作ってもらったアーマーがこうも無残に砕け散っている姿は出来れば見たくなかった。宝物をぞんざいに扱われたようで自分にもヴィランに対しても腹が立ってくる。それでも、ビルが倒壊してぺしゃんこになりそうになった小さな子どもの命を救えたのだから後悔はしていない。その代わり崩れた瓦礫に左足を挟まれてしまい、ここからさっぱり動けなくなってしまったものだから情けなくも僕はなすすべ無くその場に横たわっている状態だった。周りは既に崩れきったビルの残骸で、他の居住者は救助されていることと暴れていたヴィランが確保されたのは無線で知らされている。あとは自分が脱出さえすれば事は収まるのだが、何せアーマーが完全に機能停止してしまったことが運の尽きだった。 僕の大切な人たちから授かったこのアーマーは、緊急時に伴い自動で特定の人物にSOSと状況報告が伝わるようになっている。搭載されたAIがうんともすんとも言わなくなったあたり、正しい情報がちゃんと伝えられているか不安はあったが、僕が使い物にならなくなっていることは最低限知らされているはずだ。 身体へ密着するように組まれたアーマーは力を失い粉々に砕けて地面に散らばっている。雄英からの帰宅中に緊急要請が届いたため、せっかく新調したばかりのワイシャツのあちこちが赤黒く染まっていて、その上擦れて破けてしまったので面倒だけどまた新しいものを購入しなくてはならなくなった事実に肩を落とした。アーマー装着時、リュックサックと一緒に背広を放ってきたのは正解だったが、どう足掻いても履いていたスラックスは完全に終わっている。破けているとかそういう次元じゃない、焼け焦げて一部の布地が消えている。残念でならない。 余計な出費を抑えたいのは理由がある。薄れゆく意識の中で浮かび上がったのは、今月発売のオールマイト六分の一スケールフィギュア、ゴールデンエイジバージョンである。これは抽選で選ばれた十名の人間にしか購入を許されない限定品でその当選発表が今日の昼間にメールで届いたばかりだった。あまりこういった運要素が含む戦いについては良い記憶はなかったけれど、なんと今回その十人のうちの一人に僕が選ばれたというではないか。さすがに興奮してメール本文を相澤先生に自慢してしまったが、今思えば若干顔が引きつっていた気もする。それでも先生はそいつは良かったなと適当にあしらってくれるからやっぱり優しいんだ。 「あー……欲しい、なんとしても……得たい……」 出血量が多いせいか次第に視界がぐらつき、痛覚が鈍くなる。しっかりしろ、緑谷出久。この程度の怪我なんて今まで何度経験したと思っている。しかし、ビルの倒壊と咄嗟にヴィランの攻撃から子供を庇った直後に頭を打ったのは良くなかった。今はただ、その子供が無事に安全なところまで一人で行けたかどうかか気がかりだった。きっと大丈夫、非常用の通路がなんとか生きていたし、その道は必ず外まで繋がっていて、他のヒーローたちもその存在にすぐ気付くはずだと信じている。その時、僕を置いて脱出しなければいけない子供の泣いていた顔が頭に浮かんで、デクを助けると言って走ったあの子。とても強い子だった、まるでヒーローのように力強く地を蹴り、自身も怖くて堪らないだろうに僕を救けたい一心で外へ助けを呼びに行ったんだ。 (なんて、かっこいいヒーローだろう。僕なんかより、ずっと……) 瓦礫の山の細い隙間から漏れた、あんなにも眩しかった太陽の光に影が差してゆく。伴って訪れた眠気に逆らう力は今の僕にはない。潰されている左足の感覚もなくなってから随分と時間が立っている気がした。 「……かっちゃん。ごめん、僕……また壊しちゃったな……」 また、頭を叩かれながらお説教されるんだろうなと思うと何故だが安心感を覚える僕はやはり少しおかしいのかも知れない。でも、彼の怒号はいつも心配して浴びせてくるものばかりで、そんな彼がいつだって僕にとっては元気の源だった。怒る顔も、泣いている姿も、時々見せる涙やくしゃりと照れ臭そうに浮かべる笑顔も、アーマーよりもずっと大切な僕の宝物。 「呼ぶのが遅えんだよ、クソデク」 幻覚っちゃんだ、振り絞った力でそう呟くと、想像とは遥かに早い段階で僕は頭を引っぱたかれてしまったのだった。 *** 「おはようございます」 「もう夜だが? ついに挨拶もまともにできねえアホに」 「本当だ。普通に間違えた」 一ヶ月ぶりに病院から帰宅した出久の怪我はほぼ完治できたものの、アーマーの損傷が思ったよりも激しく修復にはあと一週間は必要と連絡があったが、病み上がりの休息には丁度いい上、あんまり早く直ってしまっても調子に乗ってすぐさまヒーロー活動を再開しようとするバカが目の前にいるため寧ろラッキーだったのかも知れない。アーマーを授けたからにはするなとは言わないが、相変わらず無理をする癖、というよりは無理をしている自覚がない人間は環境によって無意識に身を滅ぼすので休める時に休むべきで、いくつもの草鞋を履いて好き放題している出久もさすがに今回は懲りたのか反抗はない。 しかし、さすがに今回の件に関しては骨が折れた。何せ出久が緊急搬送されたあの日、なんと彼と同居を始めてまだ二日目だった。それでもって入籍して一ヶ月しか経っていない。これは怒ってもいい。その怒りの矛先をどこに向けたらいいかなんて分かるはずもなかったが、無事に退院を果たした今ならば文句の一つくらいその主な原因に吐き散らしてもバチは当たらないはずだ。 「夜ごはん何?」 「グースカ寝てた割には食欲あんのな」 「かっちゃんが寝られる時は寝た方がいいって言ったんじゃないか」 「口答えしてっとこれ、ゴミ箱にぶち込むぞ」 「えっ……あ! 待った、今日って何日……」 出久が寝こけていた三十分前。心当たりのない荷物を抱えた宅配業者が訪れ、渡された少し大きめの箱に貼られた送付状の宛名には緑谷出久様と記載されていた。品名は玩具(フィギュア)。開けずともナード臭芳しいグッズが中に入っていることくらいはすぐに分かる。それにしても、いつもより食い付きが良く見えるのもおそらく気のせいではない。 「い、生きてて良かった……!」 「そんな大事なもんなンか」 「最近抽選の類は運に見放されてたからさ。ううっ、本当に嬉しいっ。これをお迎えしないまま死ぬ訳には行かないよ」 「へーへー、そいつはヨカッタデスネ」 たかがオモチャとヒーローデクの命を軽々しく天秤に掛けてんじゃねえよ(しかもオモチャの方が重みがあるときた)、と危うく後頭部を叩きそうになったけれど、そわそわしながらガムテープを剥がし、まるでサンタからのプレゼントに喜ぶ子供のように喜ぶその姿を見てしまっては飽きれて怒る気にもなれなかった。 (でもまあ、今はそれでもいいわ) 昔から向こう見ず、救けて欲しい人間を見ると勝手に体が動いて手を伸ばしてしまうような気の狂った幼馴染が、こんなオモチャの為に自分の命を大切にしてくれるのであれば好都合だった。その調子で生きる糧を見出しながら生きて欲しいとさえ思う。しかし、ただ一つだけ気に食わないことがあって。 「……つっても、いつまでも夫が他の男と浮気されっぱなしでこっちが負け続きなンは俺らしくねえよなあ」 「へ?」 「こちとらオールマイトを超えるナンバーワンヒーローになる男だろうがッ! 数でも負けねぇ! それよか質の良い大・爆・殺・神ダイナマイトをこの世に生み出してやらァ!」 「えっ……えー!? だ、大・爆・殺・神ダイナマイトのフィギュアがついに出る、てか君、そういうの頑なに断ってたのになんで急に……いや待て、かっちゃんの気が変わる前にいち早く推してる原型師の方と連絡を取ってそれから3D出力と丁寧な彩色が可能なフィニッシャーを探して……」 「ハッ、また死に急げなくなって残念だなあ出久ァ!」 全くだねと笑顔で頷く出久を見下ろして、謎の満足感が胸を踊らせてぞくりと体が震えた。そして、その調子で憧れのヒーローより俺の為に生きようとする緑谷出久に少しずつでも変わってくれたらいいと、まだ傷一つない左中指に嵌まるシルバーリングをそっと撫でながら心の中で面白おかしく笑っていた。(2026.03.08)
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