鈍クソボケカスナードの話

 ちょっと浮かれていたのは間違いない。それでもヒーローという自覚を持ち、大切な仲間たちから授かった宝物を大切に扱わねばならないということを念頭に入れて慎重に行動していたつもりだった。原因は何か、それはもう経験不足から来る予測の甘さであったと言う他ない。ワンフォーオールの残り火が消えてしまって以来久し振りのヒーロー復帰、そしてプロとして活動を初めて約一ヶ月。今僕は、これまた大戦時に入院した病院のベッドの上に包帯でぐるぐる巻きになった状態で横たわっている。そして、その側で凄まじい形相を掲げながら腕を組み仁王立ちで威圧しているのは何を隠そう幼馴染の爆豪勝己である。 「ここまですごい顔してるの久しぶりに見たな……」 「誰のせいだと思っとんだ、アァ!?」 「それはまあ、僕ですね」  左の頭から頬にかけて頭にも巻かれた包帯の姿を鏡越しに見て、改めて大戦が終結した頃のことを思い出す。死柄木弔と対峙した際に受けた傷が思っていたよりも深く、あれから十年はとうに経過しているが今でも右頬の傷はあの日のまま綺麗に残されている。子供の頃から両頬にあったそばかすが上書きされる形で消えてしまい、当時それをかっちゃんが何故か僕よりも思いの外ショックを受けていたのが意外で不思議だった。  今回受けた傷は見た目よりそこまで深くはないので、おそらく療養していれば傷も残らず完治できると医師からの説明があり色んな意味で安心している。残された左頬のそばかすが行方を眩ませた時には、今度こそかっちゃんに油性ペンで書き足されてしまうような気がして、でもそれはそれでなんか面白いし良いかもなと一人心の中で笑った。 「で、だ。テメェがモブ庇ってぶっ壊したアーマーの件だが」 「すみませんすみません、本当にごめんなさい、次からは気を付けますからどうか今回だけは」 「そういう事じゃねんだわ。まあ、次回に繋げるっつーのは間違ってねえけど」 「それは、つまり……?」  てっきり彼らが八年掛けて作り上げてきた大切な宝物をたった一ヶ月でボロボロにしてしまった僕には鉄拳制裁と懲役が課せられるものだとばかり思っていたが、どうやらそれよりも優先すべき事項がかっちゃんにはあるようで、その意図をようやく汲んだ僕は先日ヴィランと対峙した時の自身の感覚を少しずつ思い出していた。 「浮遊の持続時間、追跡中に何度も細切れで繋いどったろ。それを黒鞭でカバーはしてたろうがあれにも限界があンな。燃費の悪さついでに装甲削がずどうにか機動力も上げる。アーマー自体の防御力は申し分ねえが、あとはテメェのやり方次第で今回みてえなケガはなくなるはずだ。それと……」 「ちょ、ちょっと待って! 直す以上のことなんてしたら修理費がとんでもないことに」 「ンなもんアテがあんだから甘えとけ。それよりテメェは二度とそんなアホみてえな怪我しねえよう、好き勝手改善策だけ考えてりゃいいんだよ」 「な、なんでもかんでも経費で落とせるわけじゃないだろ……!」  いくら公安がサポートしてくれると言ってくれているといえど、今後のことも考えてさすがに甘えてばかりいるわけにはいかない。職業柄ヒーロー向けの生命保険にいくつか加入はしているので、記憶が正しければ出動中の怪我や個性被害による療養時、そしてヒーローコスチュームの修理に関しても保障されているものに加入していたはずだ。自身が授かり活動に利用させてもらっている限りは有志に頼るばかりでなくアーマーも責任持って自己管理をするべきだ、と普段から話をしているのだが、ものすごい勢いでスマートフォンの画面に指先を滑らせながらぶつぶつと呟いているかっちゃんの耳に今は何の言葉も響きそうにはない。 「発目とメリッサに要相談だな、出来る限り肉体へ負担の少ない構造は保ちたい……が、元々無茶苦茶な動きすっから柔軟性は今のままでどうにかしてえし……下手げにいじくって他の個性との連携でガタつかれても意味がねえ。だから、やっぱ下半身の基礎構造をもっと……」 「か、かっちゃん……」 「あ? ンだよ、要望あるなら今すぐ言え」 「えと、怒らないで聞いて欲しいんだけど」 「内容による」 「内容によるんだ……」  無自覚に自分の世界に入り込んでいたかっちゃんを引き上げ、爆破されるのを覚悟に僕はどうしても彼に伝えなければならないと思ったことがあって、少々申し訳なく思いつつも、胸の奥に生まれたもやもやとしたそれをぽろりと声にしてそっと吐き出した。 「えと、あの。もう、僕のことで自分の時間を使わなくていいんだよ、かっちゃん」 「……は?」 「だから、その。これからは自分で自分のことはするし、アーマーだって君がつけてくれたサポートAIがいる。怪我だっていずれは治るし、今後もヒーローとして活動しながら良し悪しは見極めていくつもり。いつまでも君に甘えてばかりじゃ僕自身が腐るだろ、お互いに良くないと思って」  かなり早口だった。それでも、その間はかっちゃんの目を見ることはできなくて、正直言い終えた今の心臓は暴れ馬のようにドックンドックンと激しく唸っている。でも、自分は決して間違ったことを言っているわけではないと自負している。かっちゃんが僕の救けになるために率先して行動してくれることはとても嬉しい。けれど、それを享受するだけでは駄目なのだ。それでは何も変わらない、変われない。彼の隣に並ぶためにも、プロヒーローとしての自立を目指していかねばならないのだ。 「ご、ごめん。散々世話になっておいて、勝手なこと言って。でも、僕だって今まで通りじゃよくないって、そう思うからこその提案なんだ」 「…………ンだろ」 「え?」 「ふざけたこと抜かしてんじゃねえっつっとる。テメェが腐ろうが砕けようが関係ねえんだわ。俺がしたいからしとる、それだけだ」  そんなのただの自己満じゃないか、と言いかけて慌てて口をつぐむ。本気で言っているのだろうか。でも、かっちゃんが冗談でそんな話をするような人ではないのは他の誰よりもよく知っている。自分がやりたくないことは絶対にやらないということも。 「……どうして、そんなに僕のことを考えてくれてるの?」 「出久お前、マジで分かんねえのかよ」 「分かんないから聞いてるんだけど」  包帯を巻かれて真っ白になった手で頭をポリポリと掻きながら首を傾げていると、吸った酸素の全てを一気に吐き出すレベルの大きな溜め息を吐いたかっちゃんは、ベッド横にある小さな椅子に腰を下ろし、赤い瞳を真っ直ぐ僕へと向けていつになく真剣な顔つきで僕のもう片方の手の甲に彼自身の右手をそっと重ねて言った。 「何よりも誰よりも大切で、いっちゃん好きだと思っとるやつのこと心配したり支えてやりたくなることがおかしいっつーのかよ、クソボケが」  多々、聞き間違いでもしたかなと思わせるほどの甘い台詞に思わず意識が遠のきそうになる。今、かっちゃんは何と言っていた。正直、最後のクソボケという暴言しかきちんと内容として理解した部分がない。その前、なんて言っていたんだろう。 「ぼ、ぼぼ僕の、勘違いでなければ、そのっ……それは、つまり……かっちゃんは僕のことが、その、そういう意味で……」 「今更かよ! どんだけ鈍クソボケカスナードなんだテメェはよ!」 「だ、だってぇ! そんなこと一言も言ってなかったじゃないかあ!」 「周りからはしょっちゅういつ結婚すんだって聞かれとんだぞ! 同じ部屋住んどる時点で知っとけ!」 「えっ! だ、だって、あれは拠点が同じだとアーマーも管理しやすいし家賃も折半になってお互いメリットがあるからっていう話だったじゃないか!」 「そのあと二人で寝る用にデケェベッド買ったろうが! せめてそこで察しろ、ボンクラァ!」 「ええっーー! 僕、子供の頃にやったお泊り会みたいでいいなと思ったからオーケーしたんだぞ!」 「いつまでも脳味噌ガキのまんまで過ごしてんじゃねえぞ! クッソムカついたからテメェが退院したら今度は指輪選びに行く。ちなみに拒否権は無え!」 「ちょっと待って、僕まだ心の準備が!」  怒涛の情報過多ラッシュで思考が追いついていないまま話はどんどん先へと進んでいく。さすがかっちゃんだ、僕なんか置いて見えないところまで一瞬で駆け抜けて行ってしまう。それでもやっぱり君はどこかで必ず振り向いて、どれだけ遠い場所からでも僕が一歩一歩を踏み出し追い付いてくるまで待っていてくれる。いつもその荒々しい暴言や態度で勘違いされてしまいがちだけれど、やっぱり君は優しくて強い、かっこいいヒーローなんだと何度も理解させられてしまうんだ。 「指輪買った次の日は会見開くぞ。これ以上クソみてえな虫に集られんのも癪だし、結婚するからにはきっちり俺のモンだって認識させる必要がある」 「何がかっちゃんのモンできっちり何をするって?」 「ヒーローデクはみんなのものでも緑谷出久は俺のモンだっつってんだよ、クソが! 何度も言わせんな!」 「は、はい! すいませんでした!」  文字通り拒否権がない。けれど、それがなんだか僕ららしいなと思うし、今まで明確にしなかっただけで僕はずっと昔からかっちゃんのことが大好きだったんだなあと本当に今更ながら自覚した自分がおかしくて、目の前で必死にスケジューリングしているかっちゃんを眺めては一人静かに笑っていた。

(2026.02.27)

home