ア・ポ・ナ・シダイナマイトの話

 ヒーロー活動において、若輩者に対する実践例を交えた研修及び講習会を定期的に行うことを義務とするべき、なんて意見が飛び交うようになった時から嫌な予感はしていた。初めの頃は、へえそうなんだくらいにしか思っていなくて、その話に公安局長が絡んできた辺りからもしやと危惧するようになり、そしてそういった悪い予感はかねがね的中するもので、世間で名の通っているヒーローデクが過去に対峙したヴィランとの戦闘データを元に攻略戦術や地理を活かす個性の使用方法などを教える講師役を依頼されてしまうなどといった珍事が起きた。  受けること自体は勿論問題はない。けれど、経験談として話をすることは出来ても、とっくにワンフォーオールを手放している今の僕は無個性だ。あの力を完遂させてからとうに十年は経過していて、ヒーローになり立ての子たちからすれば無個性なのに個性について熱く語るあの人は一体誰なんだ、という空気になりかねない。今でこそ、かっちゃんやA組の皆、オールマイトや開発に携わった方たちから授かったアーマードスーツのおかげでヒーローであることは認知されているかも知れない。けれど、今の若い子たち、特に僕と馴染みが薄い雄英卒以外の子にとって僕は、最近復帰したばかりのなんかちょっと前に凄かったらしいが正直その凄さはよく分からないプロヒーロー(しかも無個性)なのである。なんでそんな人が講師を、という話に勿論なるに決まっている。 「かの大戦の功労者ともあろう者が、今更そんなことでうじうじ悩んでいるのかい?」 「よく考えてください、ホークス。僕、まだプロになって一年目のひよっこなんですよ」 「そうかも知れないけど、仮にもヒーローを目指してヒーローになった子たちが君を知らずに育つはずはないし、結局そうじゃなかった期間だって君は立派にヒーローしてたじゃない。爆豪くん、そのスーツ渡すまでに君がちゃんと五体満足でいてくれたことをとても褒めてたよ」  そこ、褒めるところか?と疑問符は浮かぶも、確かにこれまでも酔っ払いの喧嘩の仲裁や交通事故で轢かれそうになっていた子供の救助、偶然出くわした強盗なんかを生身で止めたこともあり、その度に生傷を拵えていたからだろうか、あながち間違いでもないことに今更気付く。そしてワンフォーオールを酷使していた学生時代も修得優先でかなり体に無茶をしてきたし、かっちゃん曰く僕の大丈夫という台詞はこの世で一番信用ならない事案らしく、今後恐らく僕が生きている間のNGワードは間違いなくこれの他ない。  そんなこんなで、仕事用に学校が貸し出しているパソコンのメールアドレス宛にホークスから詳しい依頼内容についてのメッセージが改めて届き、現在進行中で頭を悩ませているのである。  そこで驚いたのは、そのメッセージの後半になんとレディ・ナガンの追記が加えられていたことだった。研修及び講習会を行うにあたり、僕がワンフォーオールを所持していた当時、世に放たれたダツゴクたちとたった一人で立ち向かっていた高二の春、そんな僕を生け捕りにするためオールフォーワンの刺客として現れた彼女と対峙した時の戦闘映像が残っているため、それを上手く活用して欲しいとの旨が書かれていた。しかも、ご丁寧に参考資料にとその動画データも添付されている。割と本気で見たくない。何故ならば。 「へえ、興味あんな。今すぐ流せ」 「こんなの学校で見るものじゃないでしょ」 「研修に使うヤツなら別にいいだろうが。なあ、先生よォ」  本当に偶然、たまたま今日という日は大・爆・殺・神ダイナマイトに特別講師を依頼していた。その授業が終わったあと休憩がてら職員室で談笑しつつ、まだ彼が隣りにいるというのに油断をしていた僕はうっかり普段の癖で受信チェックのためにメーラーを開いてしまったのだ。まさか以前口頭で話していただけの講師を依頼する旨のメールが届いていたなんて思いも寄らず、目敏いかっちゃんはそれを見つけるや否やすぐさま問い詰めてくるものだからだうにかはぐらかせないかと今思考を巡らせているところだ。 「どうせ見なくても無茶苦茶してたのは知ってるが……俺はお前の担任だったし今は同僚だ。まあ、監督責任みたいなのがあるだろ。そうだよな、緑谷」 「僕に聞かないでください」 「いつまでもぐだぐだうるせえんだよ、いい加減観念しろや」 「あっ! ちょ、こら!」  気付けば他の先生方もギャラリーとして僕のデスクの周りに集まる中、かっちゃんはマウスを動かして勝手にその動画を再生してしまった。メールの本文の通り、少々画は荒いが荒廃した夜の街に立ち並ぶ廃ビルの中、少し遠いが確かに黒鞭を操り高速で移動していく自分が映った。恐らく辛うじて生き残っていた防犯カメラの映像なのだろう、一瞬で消えたかと思えばまた別の景色が映り、点と点を結ぶように複数のカメラの映像を時系列順に繋げて編集した映像らしかった。内容までは聞こえないが、微かにレディ・ナガンとの会話がどこか遠くの方で聞こえてくる。そして場面は、エアウォークとの併用で距離を詰められた僕の腰の辺りに弾が掠るシーン、空中を蹴り弾くように飛んでいた直後ふらりと撃ち落とされた瞬間は今でもよく覚えている。 (ああ、そうだ……懐かしいな。ちょうど、ワンフォーオールの歴代継承者が所持していた個性を使いこなそうと必死だった頃だ)  こうして今映像として見返してみても、吹き荒ぶビル風と電灯の明かりさえない夜間での戦闘、相手の所在を憶測で掴み複数の個性を組み合わせながらレディ・ナガンの隙を突こうと躍起になっていた自身の無茶苦茶加減は確かに参考になる部分はある。特に五代目の黒鞭と六代目の煙幕を活用したデコイによる位置把握、そして三代目の発勁で相手に悟られぬようビルの中枢から空へ突き抜けて捉えた作戦は多少粗が目立つが思考した通りに上手くいった作戦だと思う。  これらの映像が参考となるかどうかはさておき、ヴィランと対峙することによる緊張感や普段から持つべき覚悟がどれだけ大切かという心構えは出来るかも知れない、とまで頭の中で思考を巡らせていると、知らぬ間に顔面蒼白になっている人々に囲まれており、その中には刺すように睨みつけている者、がっくりと肩を落としながら溜息を吐いている者、そして口を開いたまま閉じなくなっている者などがおり、これは如何したものかとコメントに悩んでいる最中、唐突に後頭部を殴ってくるものだから思わずぐへえと恥ずかしいくらいに情けない叫び声を上げてしまった。 「ンだコレ、はよ説明ィ!」 「せ、説明も何もこれが全てですが……」 「ほんとクソ。この死に急ぎ野郎」 「爆豪じゃないが、これは本当にダメだな。却下。この頃のお前みたいな無茶苦茶するヒーローをこれ以上生み出す訳にはいかん。ちゃんと公安にも連絡しておけ、もっとマシな資料を用意しろってな」 「う、うーん。持っている個性を上手く活用できた自信があるので割と参考になっていいかなと思ったんですが……」 「そういう問題じゃねえんだわ。無駄口叩いてねえでセンセーの言うこと素直に聞いとけや」  いつになく不満そうなかっちゃんと相澤先生に詰め寄られ、それを心配そうな面持ちで見守るセメントス先生の横で返信するメールの本文を打ち込む僕、という妙な光景を遠くから眺めていたオールマイトの視線に気付いて思わず救いの手を求めるも、手のひらを合わせてごめんと声に出さずに見捨てられてしまい、がっくりと肩を落としながら背後に飛び交う怒号を必死に聞き流していた。 *** 「で、結局実戦形式での講習会になったって訳ね」 「まあ、僕としても昔の自分よりかは今を見てほしいという気持ちはありましたので」  それはごもっともだ、と向かいのテーブルで焼き鳥を頬張っているホークスと再会するのは実に何ヶ月振りだったろう。電話やメールでの会話は時々していたけれど、こうして面と向かって話をする機会は殆ど無い。自身も主たる仕事は変わらず教師であるし、ヒーローとしての遠征や出張は他のプロヒーローと比べて少なく極稀である上、ホークスも忙しい身であるが故どうしても繋がりは薄い。だからこそ、会えた時は話したいと思うことがたくさんあって、食事をする度に色々な、本当に色々と余計な話をついついしてしまうことも多い。 「大・爆・殺・神ダイナマイトも協力してくれたんだってね。いやあ、そんなトップヒーローが二人も講師につくとなったもんだから募集殺到しちゃったよ」 「す、すみません。単独で出るよりは相手がいた方がより実践に近くなると思って……」 「先輩泣いてたよ。せっかく君と仕事できると思って楽しみにしてたみたいだし」 「クレームはかっちゃんへお願いします。僕はナガンと二人でやろうと思ってたのに、無理やりねじ込んできたの彼ですから」  近距離戦闘と長距離戦闘を得意とするヒーロー同士がどのような策で相手の首根っこを狙うか、といったテーマで雄英のグラウンドをお借りしての実戦形式のはずが、気付けば彼女の座をもぎ取ったかっちゃんが当日に突然姿を現したあの日の驚きと言ったらない。慌ててレディ・ナガンに連絡を取るもジャンケンで負けたなどと大笑いしてるものだから最早諦める他に無かったのだ。そんな自身を他所に隣に立っていたア・ポ・ナ・シダイナマイトはさも上機嫌ですといったようにグラウンド前に集合していた参加者ヒーローの前に立ち、持っていた僕のマイクをぶん取ってはにやりと口角を上げながら嫌らしい悪魔の微笑みを掲げて一言。 「特に禁止事項はなし。時間内に俺かデクに一発ぶち込めたらてめぇらの勝ち。死ぬ気で来いや、このクソヒヨッコヒーロー共がよ!」  ちょっと動きと声を真似てみた。げほげほと噎せながら腹を抱えて笑うホークスを見たのは初めてかも知れない。 「アッハッハッハ。癖強いなー、ついでに刺激も」 「付き合わされた僕の気持ちにもなってくださいよ」 「はいはい、分かってる分かってる。でもアレだ、そういう君も別に迷惑ではなかったって顔してるよね」 「それは……まあ。ふふ、そうですね。ナガンにはわるいけど、楽しかったです」  やっぱりね、と肩を震わせながら笑顔のままのホークスは不思議とどこか満足げのようで、僕もそれにつられて声を上げて笑ってしまった。  それから数日後。少し厳しい講習だっただろうかと心配はしていたけれどそれも杞憂に終わり、大・爆・殺・神ダイナマイトに揉みに揉まれた参加者だけでなく、その噂を聞きつけた新米ヒーローたちがこぞって二人揃っての第二回実践講習を心待ちにしていることを知ったのはそれから数ヶ月後の話である。

(2026.02.16)

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