小さい先生の話

「またお前はけったいなもの貰ってきやがったな」  動悸が収まらないまま始業時間ぎりぎりで職員室へと辿り着いたことに関しては、自分で自分を褒めてやりたいと思った。職員用のワークデスクよりも背が低いものだから、室内にいた教職員は姿が見えず声だけが響いた僕の声に心底驚いていて、普段よりも出勤が遅かったせいで心配させてしまっていた相澤先生とオールマイトが目を真ん丸にして固まっていたあの瞬間を僕はしばらく忘れられそうにない。  所謂通勤中の個性事故だった。よくある話だ、慌てて走っている人間同士がぶつかり不意に驚いたことで発動してしまった個性を相手方に影響を及ぼしてしまった、なんてプチトラブルは昔からマスメディアにも取り上げられることはある。それが私生活上で不都合にならないものであればまだしも、そうでないものだと警察もしくはヒーロー沙汰になることもあるのでそう軽視されていいものでもないけれど、今回自身に起きてしまった事故は少々、いやかなり勤務上支障を来す個性と出くわしてしまったということだ。  まず目につくのは背だ。かなり低い。小学生の頃ってこんなに床が近かったのかなと思い出そうとしても、遥か遠い記憶はもう鮮明さを失っていてやはり違和感は拭えない。それと、おそらく黒板に手が届かない。さすがにこのまま授業を行うには誰かの補助は必須だ。ちなみに記憶は後退していないため、本当に見た目だけが小学校低学年程度の肉体に変化してしまっているのだ。 「傷は消えてない……ってことは現在の身体をそのまま縮められたって感じか」 「そうですね。不思議ですが、着用しているものもその身体に合わせたサイズに変化しているみたいです」 「こいつはたまげた! 今日は久し振りに緑谷少年と呼ぶのも良いかもね」 「笑い事じゃないですよ、オールマイトォ……」  ただでさえ高身長のオールマイトに見下ろされると、どんなに優しい笑顔を浮かべていてもその威圧感で堪らず萎縮してしまう。子供の頃に見た大人はあまりに遠くて手の届かない、それでいて困った時には必ず助けてくれるヒーローのような存在で。そんな一昔前の思い出に耽っていると、まだ準備も出来ていないのにホームルームの予鈴が鳴り響いてしまった。 「まずいぞ、でもやるしかない!」 「緑谷、あとで救援を送る。無理はしなくてもいいが……とりあえずそいつを頼れ。あと、生徒にはきちんと説明しておけよ」 「あ、相澤くん。本気でこのまま行かせる気かい?」 「いつものことです。なんとかなるでしょう」  いつものことかあ、と絶望しつつも、相澤先生がそれくらい雑に扱ってくるくらいには僕が個性事故を起こしすぎているということだろう。自業自得だ。確かに先週も走っている自転車と小学生の女の子がぶつかりそうになって間一髪助けたところ、彼女の個性でその日はずっと頭に一輪の花が咲いていた。三日ほどで枯れてしまったが、愛着が湧いたせいかぽろりと根から落ちたあとは押し花にしたくらいである。  兎にも角にも、自分の都合で授業に穴を開けるわけにもいかない。慌てて出席簿と昨日作った配布プリントに教科書と文房具を脇に抱えては、生徒が待っているであろう教室へ駆け足で向かった。 *** 「先生、ちいこくてかわいい〜」 「かわいくない」 「何……なん、何? 隠し子?」 「正真正銘、僕です」  小さな踏み台の上で出席確認をしている間の視線と言ったらまあすごかった。教師という立場上、注目されることには慣れてきたつもりだったけれど、多人数にここまで強く見つめられるとこんなに胃に穴が開きそうになるんだなあと貴重な体験をしている気持ちになった。勿論、ヒーロー活動中にもインタビューを受けたりライブ放送をされたりすることもあるけれど、それとはまた違った熱い視線がなんというかこそばゆい。当然と言えば当然だ、先日まで成人男性であった担任教師が今や小学生、馬子にも衣装とはこのことでスーツを着ていても七五三みたいだと言われた時にはショックを受けつつもそれはそうだと納得してしまった。そんな人間を物珍しく思わない者はまずいない。けれども、この羞恥に耐えながら小さな踏み台に乗ってぎりぎり教卓から頭を出した形で出席を取ったあと配布プリントを配り(席が前の子たちが取りに来てくれた)、本日の予定の話をしてどうにかホームルームをやりすごした自分に敬意を評したい。すごい、よくやった。さすが僕、やれば出来る。  しかし、問題は次の一限目だ。幸か不幸か、自身の担当教科のためこのまま僕が教壇に立ったまま授業は開始される。開いた教科書を両手で持ち、板書きはせずに今日は大人しく解説までで留めようとしたその時。突然ガラリと教室の前の扉が開いたかと思えば、言葉を発することさえ許されず、恐らく彼が相澤先生の言っていた救援なのであろう、明らかにラフな私服の大・爆・殺・神ダイナマイトが今、小さな体の僕を肩車しているではないか。 「ど、どうしてッ!」 「それを今俺に聞くンか?」 「君、今日非番だろう」 「だからだよ。いいからさっさと授業続けろや、デク先生よォ」  あまりにも異様。かっちゃんに声を掛けたのは間違いなく相澤先生だけれど、その依頼を素直に受けて(しかも休みの日なのに)生徒の痛い視線を受けながら協力してくれていることがあまりに謎だった。相澤先生に何か弱みでも握られているのだろうか。 「……であるからして、この頃のヒーロー活動は主に災害救助を主に行っていることが多く……あれ、間違っちゃった。かっちゃん、黒板消し」 「おー」 「あとピンクのチョークも取って欲しいな」 「ここ、もう一色使った方が分かりやすいだろうが。黄色」 「……ああ、なるほど。いいね、さすがかっちゃんだ」  授業のまとめとして生徒が板書をノートに書き写す時間になっても、不思議とかっちゃんは僕を肩から下ろさない。後に生徒たちにこの日のことを聞いた時、何を見せられていたのか俺達にはちょっと理解が出来ませんでした、と話をされたけれど、まあそれはそうだよなと妙に納得してしまう。  すっかりチョークの粉だらけだった僕はスーツの裾をぱんぱんと叩いて落としていると、見かねたかっちゃんが僕を教卓の上に座らせて手の届かないところも丁寧に叩いてくれた。忙しそうにシャーペンをノートに滑らせながら、洸太くんが腰んとこにも黄色いの付いてる、と助言した瞬間にもすごい速さで叩かれた。さすがに鬱憤が溜まったのかと疑ったけれど、痣が付くほどの力ではなかったので余程機嫌が良かったのだろうと思う。 「デク先生、質問〜」 「はい、なんでしょう」 「抱っこしてみたいんですけど、いいですか」 「ダメに決まってんだろがァ、身の程を知れや」 「何で君が答えてるの」  まあ、ダメというか恥ずかしいのでご遠慮願いたいのは間違いないけれど。そう返答すると、今の一人の勇気ある問いに、生徒たちを抑えていた何かが切れてしまったらしく、そこからの質問攻めといったらとにかくすごかった。それ何歳くらいですかとか、その頃からヒーロー目指してたんですかとか、ダイナマってどんな感じでしたかとか、その体でトイレとか大丈夫ですかとか(他にもよく分からない質問はあったけれどかっちゃんに度々遮られた)。 「ちょちょちょ、みんな落ち着いて!」 「俺らちゃんと真面目に授業受けたんスからちょっとくらい許してください!」 「ダイナマだけ独り占めしてずるーい!」 「そうだそうだ! あたしたちだってちっちゃいデク先、抱っこしたいのにー!」  とっくに終鈴は鳴り既に休み時間に突入しているせいか、興味津々な生徒たちの猛攻は止まらない。急遽、頭上まで持ち上げて僕を避難させているかっちゃんはここぞとばかりに腰やら胸やらお尻やらぽこぽこ叩かれている状況を見下ろすのはちょっと面白くて笑ってしまった。しかし、煽り耐性の低いかっちゃんの限界はそろそろ近い。久しぶりに顔からはみ出るほどのキツい目つきが僕の顔に刺さりそうになる寸前、集る生徒を力ずくで掻き分けてついに教室を飛び出した。二限の準備ちゃんとするんだよ、と次第に遠くなっていく教室に向かって叫んでは、どしどしと廊下に穴が開きそうなほどの力を込めて突き進むかっちゃんはすっかり不機嫌そうに目を細めている。 「そんなに怒らなくても」 「メンドクセーんだよ、どいつもこいつも。ガキん頃のてめえなんざ俺だけ知ってりゃいいだろ」 「お母さんも知ってるけど?」 「うっせえカス! 黙って帰り支度しろや!」  どうやら今日はこれ以上の業務の許可は降りないらしい。自然と再び肩車をしてもらい、人気のない長い廊下をずんずんと進んでいく。目の前に生えているかっちゃんのちくちくした金髪がこそばゆくて、何気なく小さくなった手のひらでそっと撫でてみた。一瞬、怒られるかなと思ったけれどこれ以上罵声は飛ぶこともなく、お次は調子に乗って髪の中に顔を埋めてみる。すると、彼の心地良い匂いと柔らかさに包まれるようなぬくもり、まるで日向ぼっこをしているかのようで次第にうとうとと眠気が帯び、ずるりと体が落ちそうになったところを慌ててかっちゃんが受け止めた。 「っぶね」 「ごめん、なんか安心しちゃって」 「デッケェ赤ん坊」 「そこまでじゃないもん」 「帰ったらゆっくり寝かしコロしたる、覚悟しろや」  なんか、特殊なプレイをしている気分になってきたぞ。ふと浮かんだ、先生としてはあまりによろしくない考えを口に出来るはずもなく、何故だが意地悪そうな笑みを浮かべたかっちゃんに連れられて恐らくすでに察しているであろう相澤先生の待つ職員室へと向かった。

(2026.01.21)

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