現代を楽しむ初代の話
明らかに様子がおかしいと一番初めに訴えてきたのは麗日だった。珍しく昼食を別々に取っていた彼女が食堂から教室へ戻ると、どこか上の空で席に座っている出久に声を掛ける。すると、その時の反応があまりにもアレだったせいで、今まさに後ろの席はみるみるうちに驚きとどよめきを募らせたクラスメイトたちに囲われていった。 「おい、緑谷。なんか変なもんでも食っちまったか」 「いや、食べていないよ」 「つってもよー、なんかこう……どうしちゃったんかなーってなるじゃん?」 「どうしちゃった……か。やっぱり、分かる子には分かるんだね」 「デクくん、やっぱ一回保健室行っておいた方がええんちゃう? 頭打ってるんかも知れんし……」 「うーん……その必要はないとは思う、けど。肝心の緑谷くんが目を覚まさないことにはどうすることも出来ないから」 一同、一斉に無言となりあれだけ騒がしかった教室は恐ろしいくらいの静けさが漂っている。ちらりと振り向けば、どの面を見ても本当に何と表現したらよいか分からないくらい難しい表情をしていて、とどのつまり、言ってる意味が分かりませんと言わんばかりの疑問符が各位の頭上に次々と浮かんでいた。 「……おい、爆豪ー。おめぇなら分かってんじゃねえの? こいつ本当に誰なんだ?」 もう降参ですと両手を上げながら弱音を吐く切島に詰め寄られてしこたま苛立ちを募らせながら溜息を吐く。当然知ってる。会話はしたことはないが、これまでの出久の言動からして心当たりはあった。 「つーか、自分で名乗れや。それが嫌なら何代目かだけでもいい」 「……ああ、そうか。それなら問題ないね」 「あるかねえかなんて知らねえ。でももう出てきちまったもんは誤魔化しはきかねえだろが。観念しろや」 何代目、と言った時点で察しのいいクラスメイトは未だ信じ難そうに眉を下げているものの、ようやくその正体に一歩近付けたようで、しかしある種で目の前で起きているのはまさしく現実にしてはそう簡単には納得できないくらいに超常現象である。俺だって幽霊を信じているか、と問われたら信じていない。以前、歴代継承者の話を出久とした時に同じ話題にはなったが、彼はその者達のことを幽霊ではなく面影であると表現していた。代々引き継がれてきたOFAと共にそれぞれの個性因子が力を宿し増幅させていった結果、現使用者の出久との会話も可能であるらしく、体そのものを主体として行動できること自体は予想の範疇を超えていたわけではない。いつかそんな事態が起き得るかも知れないと頭の片隅で考えてはいた。 OFAのことは、ある日を境にクラスメイト全員、わざわざ出久が手紙に起こしてまである程度説明が済んでいるので話は早い。歴代継承者の個性が使用できることも、個性因子として使用者の存在を出久が目視できるということも既に知っている。だからこそ、実際に現実に起きていることの受け入れと理解が絡まり合って心情を上手く言葉に出来ないのだろう。 「……僕はOFA初代であり、そして、AFOの実の弟でもある……これで、良かったかい?」 「ま、マジかよ……」 「さて、それじゃあ早速なんだけど、君たちにお願いがあって……」 *** 「うわあ、すごい」 「普段あんまり作らねえからちょっと自信ねえんだけど……良かったら食ってくれ」 「ありがとう、いただきます」 普通、人間は例に乗っ取られたとなれば焦る。意識があるなら尚更で、自分の体を勝手にどうこうされるものならば不快で仕方がないはずだ。それなのにこうして平然といられるのは、明らかに出久が自ら彼に肉体を差し出していることは間違いない。 「……満足かよ、初代サマよお」 「あ、ええと……その。出来れば、飲み水などがあったら嬉しいかも知れないな」 「アホ面ァ! さっさと茶ァ持ってこい、茶ァ!」 「はいはい、ただ今ー!」 OFA初代であると自身を明かした彼と共に教室から宿舎へと戻り、出久がどうして浮上してこないのかを問い詰めてから早一時間。この世にはもういない、面影でしかないはずの彼は今、現継承者である彼の肉体を使用して、砂藤手作りのイチゴ生クリーム入りクレープを物珍しそうに見つめては、ほんのちょっとずつ、まるで壊れ物を扱うかのように小さな一口でついばんでは目を輝かせ、続いて二口三口と皆に優しい眼差しで見つめられながらそれを食べすすめている。今にもキレそうになっているくらいに憤怒しているのは恐らく自分だけであろう。なにせ意味が分からないのだ。人の体使ってクレープ食って喜んでるやつも、それを良しとして自分の体の中に引き篭もっている本体のことも全て、全てがだ。 「クレープ、食べるの初めてなのかしら」 「存在自体も知らなかったかな。今の世にはこんなお上品な食べ物があるんだね。とても美味しい」 「あらあら、それは良かったわ。緑谷ちゃんに教わったの?」 「食べたことがないと言ったら、是非にと彼が譲らなくて。遠慮させてもらってたんだけど、次第に僕が食べるまでは交代してあげませんからとまで言われてしまってね」 「デクくんらしい〜」 「じゃねえよ! てめーらも悠長に花飛ばすな!」 「そうは言っても緑谷が望んだことだろ。これくらい許してやったらどうだ」 「ンだからてめェはぼんやりクソ男だってんだよ、クソカス!」 右に習えで好き放題言いやがっている蛙吹、麗日、轟を他所に、未だ浮上する様子のない出久に怒り心頭であることにはもちろん理由はある。何不自由なく不慣れな肉体を操る初代の様子を見て、大したトラブルではないと思う気持ちも分からなくもないが、どうしても再び出久が元の主人格として戻ってこられる可能性が百パーセントではないことを考えると心中がざわついてざわついて、とにかく態度に出てしまうほどに初代も出久も信用していない、出来るわけがない。だから落ち着かない。けれど、心配しているとだけは言いたくないのだ。勝手に魂のようなものを好き勝手入れ替えて周囲を困らせているあいつらの心配なんぞ誰がしてやるか、クソ。とにかく今は、そういうお気持ちなのである。 (出久も出久だろ、俺の許可無くてめぇの体を他人に好き勝手させてんじゃねえ!) 仮にも俺の恋人だろうが!戻ってこれなくなったらどうすんだよ!危うく、そう口走りそうになって喉元で止める。そして、こんな風に一人慌てているのは自分だけで、その他大勢(出久を含む)は楽しく初代とクレープ初体験に嗜んでいると来た。憎い、今この状況を作り出した全てが憎い。 「おい、コラ……食い終わったか、食い終わったんだな!? さっさと出久を引きずり出してこい、一発ぶん殴らねえと気が済まねえ!」 「ちょ、落ち着けって爆豪!」 「こりゃもう限界やね」 「緑谷くんにこれ以上負担を掛けるのも申し訳ないし、彼の言う通りそろそろ代わってもらえるよう頼んでみるよ。みんなここまでありがとう、本当に楽しかった」 生クリームの欠片一つ残さずクレープを食べきった初代は満足そうにそう言い残した直後、出久の体からすっと力が抜け椅子からずり落ちそうになったところに慌てて駆け寄り支えてやる。出久、と耳元で何度も声を掛けては体を揺さぶって、ようやく目を覚ました彼がクラスメイトに囲まれる中で零した、その一言。 「初代、次はチョコバナナが良いって言っ……ぶほォッ」 「うっせーわ、今すぐ表出ろや! 塵になるまで燃やしたらァ!」 反省のハの字も感じられない、脳天気ノンデリクソナード、本日は罰としてストレス発散のため一日サンドバックの刑と処す。絶対に異論は認めない。(2026.01.16)
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