全てをあげる話

(ヨリ×マゴ) 「ほあっ」  微睡みの中に浸って気持ちよく身を任せていると、次第に暑苦しさで夢の世界が弾け飛んだのは随分と夜が更けた頃だった。携帯電話に表示されている時計を見る。午前二時四十五分、意識を手放してから三時間ほどは経過している。すぐ側に感じる熱に抱き締められながら寝てしまったせいか汗ばむ体は水分を欲していて、ぐっすりと眠る幼馴染の腕をそっと剥がしては足音を立てないよう静かにキッチンへと向かう。  珍しくしっかり抱かれてしまった体はまだ疲労感が残っていて、冷蔵庫から取り出した小さなペットボトルに入った水を一気に流し込んだ。全身に染み渡っていく気持ちよさにぶるりと震えが起きて、小さく息を吐きながら空っぽのそれをそのままシンクに置いた。 「……なんか今日、すごかったな……」  着ているTシャツの裾を掴んで、鼻先に押し付けながら、すんと匂いを嗅ぐ。ベッド脇に落ちていたヨリのTシャツは、自身より背が低い割に体格が一回り大きいせいで自分が着ると妙にぶかぶかになってしまうのが少し恥ずかしい。丈の長さはちょうど良いので下半身が見えるか見えないかの微妙なラインだったが、元々下着は履かない習慣が付いているので部屋の中では気にせずそのまま彷徨いてしまっている(今は注意するヤツも寝てるし)。そう考えると、ノーパンのまま恋人のTシャツの匂いを嗅ぎながら、ついさっきまでの情事を思い出してはちょっと興奮している自分はなかなか変態なのかも、と一人苦笑した。  ふと、思い出して洗面所の鏡の前に立つ。いつもは優しく抱いてくれるヨリは珍しく昨夜は手つきが荒々しかった。いつもはお互いに一度イッたら終わりにするのに多分、今日は四、五回くらい中で出された気がする(半分気絶していたから記憶が曖昧である)ので正直満足感がすごい。日頃の行為に不満があるわけではないけれど、二人で過ごすようになってそれなりに色んな事があったせいか、ヨリは少々心配しすぎなところがあった。だからこそ、搾り取るような抱き方をされて嬉しくなってしまう自分はちょっとマゾなのかも知れない。 (……あ、あった)  鏡を見ながら首の付け根あたり、そこからTシャツの襟を少し引っ張って胸元を覗くといくつもの鬱血した跡が散らばっていた。ただでさえ肌が白いのに赤く目立っているそれにみるみるうちに頬が熱くなっていく。何度も何度も渾名を呼ばれ、かみつくような口づけをされながら打ち付けられる熱に甘い声が次々と漏れた記憶が蘇り、ますます沸騰しそうになってしまう。 (ああ、だめだ。恥ずかしさで死にたくなる)  さっさとベッドに戻って寝てしまおうと踵を返そうとした直後、ぬるりと腰に回る腕、そのまま顔を首元に寄せられて鏡越しに頬擦りをするヨリが見えた途端にどきりと鼓動が唸った。 「ちょ、ま……お、おはよっ」 「何してたんだよ」 「あの、その、喉、乾いちゃって」 「……勝手にいなくなんな。ちょっと、焦った」  引き寄せるように回した腕でがっちりと締め付けられて、ぐりぐりと肩に顔を押し付けながらいじけているヨリがなんだかかわいく見えてきて、ごめんと一言謝って優しく頬を撫でる。あんなに獰猛さを醸し出していた彼が子猫のように寂しく擦り寄る姿に堪らず笑ってしまった。そんなところも彼の好きなところの一つでもある。 「ほんとに、ちょっと水飲みに来ただけなんだ」 「……悪い。やりすぎて喉やられたんだろ。久しぶりだったせいか、歯止め効かなくてよ」 「ううん、いいよ。いっぱい愛されてるんだなって思えて、俺は嬉しかったから」  こういうのもね、と先程確認した跡を見せつけてにこりと笑みを浮かべる。 「……こ、これ俺か、付けたの」 「あはは、お前以外に誰がいるんだよ」 「そら、まあ……てか他にそんなヤツいたらぶん殴ってるっつーの!」  どれだけ夢中だったんだよとからかえば、照れ臭そうにもう一度跡のついた部分を重ねるようにじゅるりと口付けられ、ふと鏡に映った自分とは思えないとろりとした熱のこもった灰色の瞳、そして普段は見られるはずのない優しく細める茶色の瞳が見えて、慌ててヨリの方へ振り向くとちょうどいいと言わんばかりに今度は触れるだけのキスをする。  ぱちりと洗面所の電気が消えて、月明かりの柔らかな光の中で触れる彼の体温はひどく愛おしく、唇を重ねたまま頬を撫でるとヨリはぴくりと体を震わせた。そっと離して、どうしたの、と声を掛けようとしたけれど、それを遮った彼の言葉に堪らず喉まで出かけていたそれをごくりと飲み込んでしまった。 「……好きだ」 「あ、うっ」 「もう二度と離したくない。お前は俺のだから、他の誰にも絶対ぇやんねえ」  余裕のない彼の焦燥した声、でも、抑えきれない溢れんばかりの気持ちがその言葉に込められているのが嫌でも分かった。同時に、自分なんかをこんなに愛してくれる存在が目の前にいる、それが信じられなくてまるでまだ夢の中に漂っている都合のいい世界にいるのかとも思った。でも、彼と再会したことも何度もぶつかり合ったことも、その上でお互いの気持ちを知ることができたのも全部が大切な記憶で、そして現実であることを知っていて、今全身で感じている体温も、そして彼の愛情も夢なんかではないんだと、奥に潜む心がそう叫んでいた。 「……今更、何言ってんだよバカ」 「仕方ねーだろ、俺だって……その、分かってっけど! それでも不安になるときはある、し……」 「ほんとバカ。変なとこ弱気なんだから」 「は、バカバカうるせー! お前だっていつも……」  彼はいつも、寝る時は全裸だ。それは彼のこだわりのひとつで、季節問わず生まれたままの姿で布団をかぶって眠るのが気持ち良くてやめられないらしい。そして今日も、何も纏わずに立ち尽くすヨリの首元に、スキありと言わんばかりに少しばかり力を込めて口付ける。褐色肌でも分かるくらいに濃く付いた跡を見て思わず顔が綻んだ。 「……ヨリだって、俺のだよ。だから、俺の全部もお前にあげるの。それじゃだめ?」  呆然と口をはくはくさせながら上目遣いで見つめてくるヨリに危うくかわいいなあと言いかけたところでお互い上記に戻り、なんとなく照れ臭さを捨て切れないままベッドの上に寝転んだ。お前ほんと反則ふざけんな、とそっぽを向いたまま暴言を吐いていたヨリは耳が真っ赤に染まっていて、それがまた愛おしさに拍車を掛けて、何も答えないままその背中に額を付けながらおやすみ、と独り言のように呟いた。

(2026.05.02)

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