大人になれているか不安になる話
(ヨリ×マゴ) 「おわ、すごい」 用事を済ませて帰宅した瞬間にまず驚いたのは部屋中に充満する美味しそうな何かの匂いだった。香辛料をメインに使った何かで、この鼻をつんとさせる匂いはおそらくカレーであることに間違いない。 ヨリは普段、料理をしない。施設で暮らす前は里親だったお母さんと二人暮らしをしていて、時々夕飯の準備を手伝っていたというから驚きだ。その時に覚えたオムライスの腕前は今も劣らずで、昔の喫茶店で出た固めの卵と中に包まれている少しすっぱいケチャップ味のチキンライスとのバランスがいつ食べても美味しくてとても好きだった。でも、とうの本人は料理に対してそこまで興味があるわけでもなく、やれと言われたらやるけれどやらないで済むならやらないといった具合なので、そんな彼が重い腰を上げるのはなかなかレアなケースなのである。 「ただいま」 「おけえり、手洗ってこいよ」 「その前に……あ、やっぱカレーだ」 洗面所へ行く前にコトコトと煮込まれている鍋の前に立っていたエプロン姿のヨリの側へそっと近寄ると、想像していた通りその中にはどろりとした茶色と沢山の大きめな具が転がっていて、ぶくぶくと泡立ち揺れるカレーを眺めているだけでお腹が鳴りそうだった。その横で、もう一品おかずだろうか何かを作っているヨリが手にしているのは恐らくサラダ用のレタスで、ばりばりと剥がしては無表情でちぎる淡々さがなんだか可笑しくてつい笑ってしまった。 部屋着に着替えている間に炊飯器から電子音が鳴り、既に皿へ盛られた料理達が小さなテーブルの上に並んでいる。 バンカラ街には短期間滞在を考えていたため、そこまで大きな家具は購入していない。そのため、夕飯を食べるときは折りたたみのテーブルを立て、向かい合う形で地べたに座り、適当につけたテレビのニュースを眺めながら飯にありついている。時々晩酌をしたり、おつまみで済ませてしまう日もあるけれど、一日バトル尽くしだった彼はどうやら今日はがっつり食べたい日だったらしい。 「うし、食うか」 「ありがたく、手作りカレーいただきます」 簡単なサラダと肉と野菜がごろりと入った中辛カレーが狭いテーブル上でぎちぎちに並んでいる。その隙間に無理矢理コップを置いたら福神漬けの入った小さなお椀が置けなくて面倒だから床に直置きする。蹴るなよ、と念押しをされた。 「うーん、おいしい。お腹ぺこぺこだったんだ」 「ンな疲れるようなことしてきたのか?」 「バイトはちょっとだけ。あとはたまたまリンちゃんと会ってさ、メンツ足りないから手伝ってって言われて少しバカマにも参加してきたんだ」 「バカマ……バンカラマッチか。略すな、分かんね」 「若者の間では当たり前だもーん」 「なんでもかんでも略しゃ若ぇと思われると思ってんじゃねえぞ、おっさん」 なんて失礼な、と思いつつも俺達ももう気付けばアラフォーで、おじさんではないとはさすがに言い切れない年になってきている。特に俺なんかは痩せ型だし若い頃から不摂生な生活を送りがちだったのもあって老けてみられることが多い。逆にヨリはそれなりに体も鍛えているし童顔で肌が褐色で生命力に溢れている感じが実年齢よりも若く見えるから不思議だ。 「やっぱり運動か、運動なのか……」 「一人でぶつぶつ何言ってんだ」 「わ、若さの秘訣……」 あっという間に完食して満足そうに横になりリラックスをしているヨリは、くだらねえと言わんばかりにそっぽを向いている。俺としては結構悩みの種でもあるけれど、どうやら彼は自分の容姿に関して然程気に留めていないようで、それもまたお前の好きなところの一つだなと心の中で一人呟いた。 昔、公園で遊んでいた時に親がいないことを同じくらいの年の子に貶されたことがあった。お前が弱いから、出来損ないだから捨てられたんだろとか、愛されてなかったんだとか、今思えばなかなか酷いことを言われていた気がする。だけど、そもそも俺は物心付いた頃から両親を知らなかったので、顔も知らない大人に好かれていたかとか愛されていたかなんて考えたこともなかったのだ。それはヨリも同じで、母親代わりだったおばさんや施設の大人たちが心優しかったこともあり、そのお陰でほとんど寂しさを感じることもなく大人になれたのは本当に運が良かったのだと思う。 「もうちょっと、前向きに生きられたら少し違ったのかなあなんて。今更だけど」 「お前のネガティブさは子供の頃からのお墨付きだろ。無駄なこと考えて喚くのはやめとけ」 「酷いなあ。俺だって少しは成長を感じたい時があるんだけど」 「心配すんな。お前はそうは言うけど、俺からすりゃあそういうとこちゃんと知ってっからよ」 ふうん、とお腹が膨れて少しぼうっとしていた最中、突然立ち上がったヨリが俺の腕を掴んでそのまま肩に担いで寝室のベッドの上に投げ捨てるものだからいただけない。ちょっと、と文句を言う間もなく、着ていたトレーナーの裾を捲り上げられ、顕になった胸元に手を滑らせる熱に堪らずぶるりと身を震わせた。 「ちょ、やめてよっ! 俺、まだお風呂にも入ってないのに」 「成長を感じたいっつったのはお前だろが」 「それとこれとは話が……!」 「ほれ、見てみろ。このクッソエロいピンクの乳首。しっかり成長してんだろが」 「そ、そういう事ではなくて……っ、ひ、あうぅっ」 いやらしい手付きで触れられてすぐ反応を示してしまう体が今は腹立たしくて仕方ない。これもまた成長と言いたげに胸元へ顔を埋め、ぷっくりと膨れた先を舌でころころと撫で吸い付く彼の姿はまるで赤ちゃんのように見える。お前も成長しろよ、なんて口を滑らせた時には酷い目に遭わされるんだろうなと思いつつも、一生懸命にしゃぶりついている彼が妙に可愛く見えて、仕方がないので静かに見下ろしながらそっと頭を撫でてあげることにした。(2026.03.07)
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