勢いで買っちゃった話

(ヨリ×マゴ)  街中の賑わいを見て初めて今日がバレンタインデーだったことに気付いた。学生くらいの若いガールが友人同士で売り場を眺め、あれにするこれにすると頭を悩ませながら商品のチョコレートを選ぶ姿は何とも微笑ましい。  午前中に二人でアパートを出たあと、いつもの通りバンカラマッチに出向いたヨリとは別行動をしていて、特に用事があるわけではなかったけれど暇潰しに一人バンカラの繁華街をふらふらと散歩をしていた。  この街に初めて赴いてからは、知らない場所の開拓が密かにマイブームになっている。先週も少しレトロで雰囲気の良い喫茶店を見つけて、思わず一時間ほど珈琲を飲みながら読書なんてお洒落な時間を過ごしてしまった。家に帰ってからそういった話をヨリにしてみるもいまいち興味が湧かないようで、すっかりバトル大好きマンになってしまった彼はブレずに今日も今頃ジムワイパーを力いっぱい振り回していることだろう。 「バレンタインに贈るものって、それぞれに意味があるって知ってる?」  去年もすっかり失念してしまっていたので、当日といえど気付けた時くらい何か買っていこうかなと照れ臭さを感じながらも洋菓子店にそっと足を踏み入れた直後。ふと視界の隅に入った高校生のガールの話し声、綺麗に包装されたチョコレートを吟味しながら隣りでしゃがんでいる友人らしきガールがその言葉を聞いて首を傾げていた。 「知らなーい。なんか違うの?」 「例えば、定番のチョコレートはあなたと同じ気持ちっていう花言葉みたいな含みがあってね。まあ相手が知らないと意味ないんだけどさ、なんかいいなって話」 「へえー。他は? なんかあんの」 「あとは、マカロンとか良いよ。あなたは特別な人、って意味が込められてんだって」  バリ本命じゃーん、とけらけらと笑いながら話す彼女らを眺めていて、これはまずいと心の中で確信した。これは下手げなものを買ったら大変なことになるぞと思いつつも、贈る菓子にそれぞれ意味があるだなんてヨリが知ってるはずないかと思ってしまうところもあり。逆にそうであるならば変に気取らず素直な気持ちで選ぶのが一番なのではと思う。  様々な種類のラッピングされた箱を眺めながら、ショルダーバッグから携帯電話を取り出して念入りに調査を行いつつ吟味していると、贈り物たった一つを選び終わるまで気付けば一時間ほど経過してしまっていた。  気恥ずかしさに慌てて洋菓子店を出た頃には既に日が落ち始めていた。沈み行く夕日が眩しく自信を照らす中、待ち合わせ場所であるロビーからすぐ近くの駅の改札口前でおそらく試合が長引いているであろうヨリがやってくるのを待っていた。普段はまず手に持つことのない、小さな紙袋を提げながら。 「……なんか、恥ずかしくなってきちゃったな」  バレンタインデー当日であるせいか、街中もいつもよりカップルが目立って歩いているような気もする。ただでさえ流行りの街は若者が中心となって賑わせているためか、自分のようなアラフォーは何分存在が目立っている気がして落ち着かない。無駄に背が高いのもあってか、良い意味でも悪い意味でも目に付いている気がしてなるべく隅の方に寄りつつ、そのまま偶然空いたベンチにそっと腰を下ろした。  三十分待っている。ヨリは、まだ来ない。その代わりに知らないガールが少し距離を置いて隣に腰を下ろした。無線のイヤホンを耳にかけ、ちらりと横目に向けられた視線がばちりとぶつかり合う。まずい、気まずくて死にそうになってきた。 「オニーサン、誰かと待ち合わせぇ?」 「えと、その。まあ……そんなところです」 「アタシもそー。ほらこれ。彼ピにね、チョコあげるの」  にこにこと笑顔を浮かべているインクリングのガールは、恐らく自分より一回りほど若い。そして美人だった。彼氏がいるという話にも頷けた。そんな彼女が持っていた紙袋はなんと偶然自分が持っているものと同じ店舗のもので、もしかしてオニーサンも、と期待を寄せる目で見てくるものだから頭を悩ませてしまった。 「なになに〜、逆バレすんのお?」 「逆っていうか、ええと、その。喜ぶ顔が見たいなって、ただそれだけ」 「へえ。オニーサン、その子のこと大好きなんだね。そういうの、いいね」 「あっ、えと……うん。そうかな、そうなのかも」 「でも待ち合わせの時間に遅刻すんのはどうかと思うなー。この辺治安あんまよくねーからサ、オニーサンひょろこいし気を付けんだよ」  そんな優しい美人のガールは数分後噂の彼氏から連絡が来たのか、またねとすぐさまその場を離れてあっという間にその姿は人混みの中へと消えていった。そんな彼女と入れ替わるようにその波を掻き分けて、こちらの姿を確認しては慌てて駆け寄ってきたのはヨリだった。酷く息を切らしていて、倒れ込むようにベンチに座り込んだ彼に持参した水筒を手渡すとそのまま素直に受け取って、半分は残っていたはずの麦茶を一気に飲み干してしまった。 「だ、大丈夫? そんな慌てなくても良かったの、に……」 「さっきのガール! 誰だよ、アイツ」  肩で息をしているヨリの突拍子な言葉に何を聞かれたのか一瞬よく分からなかった。誰だよ、アイツ。アイツとは。ついさっきまで隣に座っていた、アイツ。 「え? と、ごめん。名前とか聞いてない」 「誰だか分かんねーやつからそれ、貰ったっつーことかよ」 「そ、それ? それってなんだ。ちょっと待って、何か噛み合ってない気が……」  それ、と言いながら俯いた彼の視線の先。それはまさしく、数時間前に頭を悩ませながら選んだバレンタインの贈り物が入っている紙袋があることに気付いて、その時ようやくヨリの言葉の意図を理解した。 「あっ、違、違くて! これ、俺が貰ったわけじゃなくて……」 「は? じゃあ何で、それ……」 「……お、俺が、ヨリに、あげたくて買ったやつ、です……」  言葉にして相手に伝えるということがこれ程までに照れ臭くて気恥ずかしいものだとは思わなかった。無意識に尻すぼみになって、顔だけでなく手も足も体全てに熱が籠もってこのまま溶けてなくなってしまうのではと思うくらいには頭の中が沸騰していた。そんな自分を見兼ねたヨリも頭が真っ白になっているようで、言葉にアウトプットできずにいるけれど見るからに溢れ出ている感情がそのまま彼の体を突き動かしたかのように、わなわなと震えながら広げた両手に力いっぱい抱き締められて火照った熱が頂点に達してしまう。視界なんかもうぼやけて何がなんだかわからないといった具合だった。周りの目なんて気にする余裕もないほどに。 「う、お、ちょ、待っ……よ、ヨリ、ここ、外……っ」 「わり、も、我慢できねえ。もう少し、このままいさせて」 「う、ううっ〜〜。恥ずかしくて死ぬよ〜」  日が落ちて、辺りは街灯のあかりだけが世界を照らしている。手に持っていたはずの紙袋はするりと抜け落ち地面にすとんと落ちていた。大きなバームクーヘンだから、崩れることはないだろうし、まあいいか、と一人心の中で自己完結しては、今はただ愛しい幼馴染のぬくもりに浸っていたくて甘えるようにこっそり両腕を彼の背中へ回した。

(2026.02.24)

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