相談相手を間違えた話
(マゴ+ダビデ) 「アイツは昔っからそういうとこあるよなあ。てか、そんなのマゴさんの方がよく知ってるんじゃないの?」 買い物の途中、スーパーで今晩のおかずになりそうなお惣菜に店員さんが半額シールを貼るのを待っている時に彼とは久し振りに再会した。こんな生活感のある場所で顔を合わせるとは思っておらず、持っていた買い物かごの中身をちらりと覗くと、これまた意外にも鍋用の野菜パックと少なめの肉パックが入っていて思わず鍋で晩酌ですか、と聞いてしまった。 お互いの買い物を済ませた後、今日は完全にオフの日らしかったのでせっかくだからと近くの喫茶店に入った。冷たい風に晒された体は、店内のぬくもりに包まれて次第に心がほっとしていく。案内されたボックス席で向かい合うように腰を下ろし、注文した温かいコーヒーを飲みながら話は冒頭へと戻る。 「うーん。なんというか、子供の頃は俺が病弱で心配掛けてたせいか、多分自分の弱みをあまり見せなくなっちゃったんだと思います。だからダビデさんと一緒にいる時のヨリって、なんかこう、遠慮がないというか開放的になってて楽しそうっていうか……」 「遠慮という部分に関しては俺に対して無さすぎだと思うけどね、正直。たまに無茶苦茶言ってくる時あるよ、アイツ」 「あはは、それだって信頼してる証拠だと思いますよ。なんだかんだ言っても、あなたの話をしてる時は不機嫌そうにしつつもなんか楽しそうだし」 これは本音。多分、悪友のような関係なのだと思う。恨みつらみを零しつつも時々一緒に居酒屋に行っては話が盛り上がったり、困った時はなんだかんだ一番にヨリが頼るのはダビデさんだよなと思う。今となっては知り得たい情報を収集するとなれば自分とて一番の伝手はダビデさんなのである。食えない部分はあれど仕事に関する信頼は厚い(しかし、時々詐欺まがいのことをされる。その時は問答無用で殴っている)。 そして自分はというと。幼い頃から日々を共にした彼との思い出はたくさんあるし、その中でも特に心配は掛けに掛けまくった覚えはある。物心覚える前から両親がおらず、シノブやヨリと出会うまでは他人との交流をせず部屋で一人読書や勉強をする日々が多く、運動も苦手だったので体も弱かった。そのせいで毎年風邪も引いたし伝染病にも罹ってはよく二人を心配させていた。だから、今でもこの寒い時期はヨリに体調を気にされることが多い。ちょっとしたくしゃみをするだけで熱を計らされるし、念の為にと先を見据えて市販薬の準備まで始まる。冷却シートなんて三箱くらいタンスに常備している。さすがに過保護すぎると思う。 「……で、マゴさん的には、そんなヤワじゃないからもっと雑に扱って欲しいってこと?」 「え? うーん、なんかそれだと俺がドMっぽく聞こえてアレなんですけど……まあ、そんな感じ?」 「ははーん。つまり、対等であり且つ恋人に頼られる立派なボーイくんになりたいってわけだ」 「は、はい。まあ、はい」 ふと、なんでこんな話になったんだっけと疑問符が浮かぶ。この悩みはヨリと十数年ぶりに再会した頃から抱いていたもので、彼に与えてもらったものは多く、それこそ言葉では言い表せない程に大切な宝物でもある。それに対して自分はどうだろう、彼にしてあげられたことは何かあっただろうかと不安になる日も多い。それ故にいつか彼の気持ちが途切れた時、それを繋ぎ止められるものを持っているだろうかと、そんな余計なことを考えてはまた悲しい気持ちになった。 「難儀な性格してるよねえ、マゴさんて」 「昔はよく死神扱いされたんで、基本ネガティブ思考なんです」 「へえ。見た目と裏腹に随分物騒な通り名があるんだ」 「ダビデさんも気を付けた方がいいですよ、そのうちポックリいっちゃうかも知れないし」 「あっはっは。俺、しぶとさだけは自信あるんだよねえ」 「それ、図太さの間違いでしょ?」 彼と話すとつい余計なことまで喋ってしまうのは話術の上手さ故か、変に煽られて腹の底から引き上げられている気がしてどうも損した気分になってしまう。それでも、自分にとって同じくらいヨリを理解していて、しょうもない悩みを親身に聞いてくれる貴重な友人には間違いなかった。それこそ、こんなに後ろ向きな話を嫌な顔一つせずうんうんと頷きながら聞いてくれて、その上で次第に飽きてくるのか面倒くさそうにしつつも為になる助言を与えてくれるのである。 「とにかく、俺から言えることは残念ながら一つしかないね」 「態度で示すとかですか?」 「抱けばいいよ、今夜にでも」 「はっ…………はぁ!? ちょ、何言って」 「マゴさんの! かっこいいとこ、見てみた~い」 「そもそも見せないし、その絶妙におっさん臭いネタやめてもらえますか」 「あら。割と独占欲強いタイプ? 知ってたけど」 くだらない冗談は腐るほどにぽんぽん思い浮かぶ彼の癖の強さに堪らずため溜息を吐く。人付き合いに関しては彼の方が長けていると知ってはいても、そんな突拍子な提案を素直に受け入れられるはずもない。しかし、いつも自信に溢れたこの表情に自分はころっと騙されてしまうのだ。 「弱みを見せられないヤツには強みを見せつけるのが一番なんだよ。それはもう、屈服させる勢いでね」 「それ、実演してます?」 「マゴさんがお望みなら、休憩ついでにこのまま寄ってっても良……」 「ああもう、結構です! 色々ありがとうございました、帰る!」 夕飯の材料でぎゅうぎゅうのエコバックを肩に掛け、なけなしのお代をテーブルに叩きつけては逃げるように店を出た。背後からまたねとさも楽しげに聞こえてきた声を退けるように首を振り、すっかり日が落ちた帰り道に吹き付けた冷たい風は火照った頬を静かに落ち着かせていく。 (どんな顔して帰ればいいんだよ……) 昨日、寝る前に話した彼の照れ臭そうな顔がふと頭に過ぎった。今日のようなことが起きるなんて思いも寄らなかった昨夜に実は本当にお誘いをしていて、それも自分が上になりたいと伝えたばかりだったというのに。このまま約束通りに彼を抱くとして、それがまるでダビデのアドバイスを素直に聞き入れていることになってしまうのかと思うと何故だが心底悔しくなって、それでも今更引き下がれない自分に深い深い息を吐く。それは冬らしい、真っ白で浮ついた吐息だった。 *** 「お風呂、上がったら……いいかな」 マジか、と危うく返しそうになってどうにか耐えた頭で分かったと頷いた。 マゴが顔を真っ赤にしながら抱きたいと訴えてきたのは昨日の夜、共に床へ就いた時だった。滅多に誘わないどころか、上になりたいと申し出ることも珍しいことなのにまさかのダブルパンチを食らってしまい、それはそれは俺を動揺させるには十分すぎるものだった。もちろん好きな相手に求められることはとても嬉しいことで自然と受け入れることは出来るけれど、話している間に妙な違和感があったのは気のせいではない。彼が嘘をついているだとか、隠し事があるだとかそういう話ではなく、本当になんとなく、顔が強張っていて変に狼狽えているというか、言葉にできない何かが態度に出ているというか、とにかくそういう感じなのである。マゴは自分自身が抑え込んでおきたいと思った感情を隠すのは昔から上手い。そんなの上手くなくていいんだがと何度も思ったけれど、今更それを治せなどと言えるはずもなく、それもまた二人で過ごしていくうちに自然と緩和してくれたらいいと思っている。といえど、不安要素を残して気が散っている中で体を重ねるのもさすがに失礼かもなあ、と悩みながらも脱衣所で濡れた体を拭いてリビングへ向かった。 「あれ、いねえ」 部屋の電気はついていたものの、テレビは消えていて冷蔵庫から響く冷却用ファンの音が静かに響いているだけでマゴの姿はない。 冷えたミネラルウォーターのペットボトルを取り出して熱の籠もる体内へ一気に流し込む。しかし、頭の中は先程から受け止めたお誘いの言葉が何度も何度も繰り返し響いていて、せっかくほとぼりが冷めた顔が再びぼわんと熱を帯びた。 最近少しご無沙汰だった気がする。自分が下になるのは尚更で、バンカラ街に繰り出してからは恐らく初めてのことだと思う。抱かれることに嫌悪感はないし、寧ろ長年初恋を拗らせていた幼馴染が相手となれば光栄この上ない。これまでも何度か経験はあったけれど、正直燃えた。なんかこう、愛してるけど愛されてるんだなあと実感できて嬉しかった。あと何より、マゴはいつもねちっこい。前戯が好きなんだろうなと思う。正直自分としては早く繋がってしまいたい気持ちもあるけれど、そこに到達するまでに割と時間を掛けるタイプのようで、危うく乳首を弄くられただけでイキそうになることもあってかなり焦る。さすがに恥ずかしい。でもそんなことが起こってしまいそうになるくらいにねちっこいのだ。 なんてかつてのマゴの手法を思い返しているうちに自慢の息子が元気満々になってしまっていることに気付いた。想像力が豊かすぎる。十代の若者じゃあるまいしもう少し自制をしなければ。そう思いながら、寝室のドアを開いた直後。 「あっ……お、おか、えり」 「おう……」 「えと、その……い、いいんだったよね?」 先に布団に包まっていたマゴの、頬を赤らめながらおずおずと見上げるその姿に堪らずごくりと息を呑む。ぶっちゃけ抱きたい。抱かれるのも良いんだけど、こんな色っぽくてかわいい顔してる恋人を見ていたら否が応でもそう思ってしまうのは自然の摂理である。 「じゃ、じゃあこっち……早く、来て欲しいな」 「あ、わ……わりィ。そ、だよな……ッ!?」 確かに約束をした。いいけど、と承諾した。でもまさか、その時になって彼がコスプレど定番のメイドさんコスチュームを着ているなんて到底想像など出来るはずもなく、気付けばわなわなと震えた両手で白いフリルのついた肩口へがっしりと掴みかかっていた。 「お〜〜ま〜〜え〜〜ッ」 「あ、当てが外れたかーー」 「本気でそう思うなら俺の股間を見ろ!!」 ただでさえ浴室で自分の尻の穴を弄った挙句、昨夜のお誘い文句で思い出し勃起をしていたのに、恋人のあまりに似合いすぎる女装姿(しかもジョークグッズのせいか、通常のメイド衣装と比べてところどころ肌が見える仕様になっており、その煽りレベルにキレそうになっている)に興奮しないボーイはこの世にはいない。全裸で良かった、スパッツなんて履いていたら多分ぶち抜いて破れていたかも知れなかった。 「俺を抱くんじゃなかったのか、お前はよッ」 「そうだよ」 「じゃあなんで、ンなカッコ……」 「ガールちゃんのフク着て抱かれたり、とか、したら、その……こ、興奮、するかなって思って……」 行動派オタクすぎる。正直何を言っているのか理解しきれないうちにもマゴは腕を引き寄せそのまま俺をベッドに押し倒すと、甘い息を小刻みに吐きながら胸元を舐めるように撫であげるその仕草にもうどうにでもしろと言わんばかりに大の字になってその身を投げた。自棄糞だった。 「もう好きにして」 「えへ……じゃ、こういうのも、使っちゃおうかな……」 「アナプラだけはやめろッ!!」 舌なめずりをしながら黒いフリフリのスカートの裾からあれよあれよというままに出現した数多くの大人の玩具にげんなりと肩を落としつつも、どこか期待をしてしまっている自分が必ずしも存在していることに溜息を吐いて、どこでスイッチが入ったのか分からないノリノリの幼馴染を見上げてはきゅっと瞳を閉じた。(2026.02.09、2026.03.07)
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