調子が良かった話

(ヨリ×マゴ)  同じチームにえらく年上のボーイが二人いた。背格好や顔立ちからして二十代後半か、もしくは三十代かも知れない。ナワバリバトルって結構若者が中心に参加してるものだと思っていたけれど、案外こういった場慣れしているインクリングを時々見かけることがあった。 「あんまり役に立てないかも知れないけどよろしくね」  そのうちの一人、背が高く細身でダウナーな雰囲気を醸し出す彼はスプラスコープを担ぎながら申し訳なさそうにそう言った。チームに後方支援をしてくれる参加者がいると、常に前線で戦う短射程のブキを使う者にとって動きやすさが違う。遠距離からの牽制による威圧は少なからず相手チームに影響を及ぼすし、動きが鈍ることで敵陣に侵入しやすくなるという利点もある。その分、警戒はされやすいため、どうにか潰そうと躍起になって強気に攻められることもあるので油断はならない。 「俺があの弓の気ィ引くからお前は乗り込め。ボールドなら上手く掻い潜れんだろ」  そしてもう一人、オールバックにアイスグラデT、そして極めつけは額にかかるオクタグラスがおっかなさを強調させた褐色肌のおにいさんがバトル開始の直前、イカスポーンの上でダイナモローラーを担ぎながらぼそりと呟いた。間もなく射出後、残りの一人がスプラマニューバーを握り一気に合流地点へと駆け抜け、その背を追うように散ったインクの海の中を必死に泳いだ。次いで、先程のダイナモだ。一足早く交戦を始めたスプラマニューバーの元へいきなりスーパージャンプで空を舞い大胆にもそのまま戦渦の中へ飛び込んでいくのが見えた。 「いい〜天気だなあ」  廃工場のむき出しになった鉄骨の隙間から見えた空は雲一つない晴天で、一昔前の電磁石付きクレーンが忙しなくあちらこちらで動いている。金網を上をカンカンと音を立てながら走る足音、細く伸びた日差しは昔は海だったらしいこの場所を照らして仄かに塩辛い匂いを漂わせている。 「景気付け一発ァ!」  着地を狙いブキを構えていた相手に容赦なくダイナモローラーを叩きつけ、宣言通りそのまま辺り一面にインクを撒き散らしながら牽制している隙にこっそりと敵陣へ潜り込む。 「させっかよ!」  その動きに気づいた相手チームのハイドラントに高台から高速でインクの弾が飛び、慌てて壁を背に隠れると甲高い銃声が一発、二発とステージ内に響いて、向けられた照準はすぐさま逃げるように消え失せた。明らかに味方のスプラスコープの牽制だった。振り向くとステージ中央ではダイナモローラーとスプラマニューバーが恐ろしいほどにインクを撒き散らしては暴れ回っており、すでに彼らのサポートと引き続きハイドラントを引き付けるスプラスコープは二人に翻弄されている相手を的確に当てリスポーンさせていた。 「ワイプアウトからの残り三十秒! 気張ってくぞ!」  汗だくで重量のあるダイナモローラーをがちゃがちゃと金属の擦れる音と共に肩へ担ぎ直しながら、今がチャンスだというように背後へ迫ってくる感覚、こちらも負けてられないと構えたボールドマーカーを握り締め、とにかくまだ塗り返していない敵陣にタンクが枯れるまで一気にインクを放出する。焦って戦地へと戻ってきた相手チームは、残り時間の少なさも相まって大胆に姿を見せたまま突っ込んでくるものだから、次々とスプラスコープの餌食となっていく。数秒先を予測して撃ち抜くそのウデマエは恐らく生半可なものではない。役に立てないかも、なんて嘘っぱちだ。 「このまま抑え切るよ、ヨリ!」 「ンなこと言われんでも分かってらあ!」  そこからは本当に宣言通りに誰一人包囲網を逃すことなくバトルは終了を迎える。阿吽の呼吸ってこういうことを言うんだと思った。隣りで呆然としていたスプラマニューバーの同い年くらいのボーイも少し圧倒されていた感じで、あのおっさんたちすげえ、と小さく呟いて思わず無言で頷いてしまった。 *** 「いやあ、なんか今日調子良かったな」 「俺がこれ担いだおかげだろ。ビビッてんのか知らねえけど、ひとつも前に出てきやしねえ」  相手に長射程とインクの放出量がえげつないブキ持ちがいたら、苦手意識を持っている子にとっては恐怖でしかないよなあとは思う。ただ、穴はある。それはもちろん自分たちはそこまでプロ級のウデマエを持っていないということ。どちらかというとエンジョイ勢という枠に収まる程度であると自覚している。実際、明確に評されているウデマエは良くてS、たまにA落ちすることも珍しくはない。ヨリは最近Sプラスは行きたいと豪語しているようだったが、バトルの映像を見る限りはまだまだ先の話になりそうなくらいにはやはりそう凄いものではなく、それなりのウデマエなのは間違いないのである。 「間違いなく運が良かっただけだったね。ブキ構成もバランス良かったし。他の二人もぐいぐい攻めるタイプだったから相性もぴったりだったよ」 「あのマニューバー、めちゃくちゃな動きしてやがってよ。あいつが翻弄してる間にダイナモ振ってりゃ一網打尽って感じで脳汁ブシャーってなったわ」 「わかる。ヨリってば、後ろで見ててすっごい楽しそうだったもん」  あんなにゲラゲラ笑いながら笑顔でバトルを楽しんでいたヨリはなかなか珍しい。なんせいつもはそんな余裕なんて一つもなくて、周りのペースに置いていかれないよう必死に食らいつきながら戦っていたイメージが強いからだ。それが今日のナワバリバトルはどうだ。心の底から楽しんでますといった様子で、まだ使い慣れないダイナモローラーを振り回すヨリはまるで童心に帰っていたように見えた。 「お前の的当て技術も様になってきたんじゃねえの?」 「どうかなあ、まだ自信ないよ。シノブがかなり上手かっただけあってまだまだな気もするし」 「んな卑下にすんなって。少なからず、今日の俺はお前に背中預けてた。お前がいたから好きに暴れられたしよ」  にやりと口角を上げながらご機嫌そうに笑顔を浮かべるヨリに思わずどきりと胸が高鳴った。普段は褒めることなんてしないくせに、不意打ちでそんなストレートな言葉をぶつけてくるとは思っていなくてじんわりと頬が熱くなっていく。 「お、お世辞はいいから……」 「今更お前にそんな気ぃ遣うかよ」 「ああもう、ばかっ! ちょっと余裕のありそうなその態度が余計に腹立つ!」 「そうやって顔真っ赤にしてるのをかわいいなって思いながら眺めるくらいには余裕だな」 「これ以上追い打ちかけるのは頼むからやめろ!」  なんなんだ、もう。そんな語彙力の低い文句しか言えなくなっているくらいに今頭の中は真っ白だった。手に持ったスポーツドリンクを飲み干す勢いで流し込み、額から流れた汗を強引に腕で拭っては長い長い溜息を吐く。それを見ていたヨリが耳元へ顔を寄せ、少し頬を染めながらごくりと息を呑んだあと、もう一度だけ長く静かに息を吸い込んだ。 「……ごほうび」 「へっ?」 「がんばったごほうび、あとで寄越せよ」 「ぁ、う、んも〜〜〜〜っ」  突然なんだよと文句を言おうと視線を向ければ、目の前で輝く照れ臭そうにしつつも確かにそこにあった満面の笑顔を浴びてしまい、なんだか怒るに怒れない居た堪れない気持ちにただただ心臓がぎゅっと締め付けられた気がする。それがやっぱり悔しくて、鍛えられたその胸筋へと辛うじてぽすりと拳を押し当てたのだった。

(2026.01.30)

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