憎らしい人、と呟く話
(ダビデ×いちか) 名前を呼ばれたいと思った。触れることも、好かれることも、誰かの中に自分がいることを実感できた時が堪らなく好きで、それが相手にバレた瞬間に大抵は頬を叩かれ二度と顔を拝めなくなる。毎回それなりにショックを受けるくせに、誰かと関係を持つことをやめたいとは思わなかった。 友人にはよく呆れられるけれど、顔が良くて性格も優しいからガールによくモテていると自認している。実際、ナンパをするとふたつ返事でオーケーされるし、街中を歩いていてもよく声を掛けられるしそのままお持ち帰りだって許されるものだから、時々この街のガールの貞操観念が心配になる時もある(そんなもの杞憂でしかないけれど)。 「ダビデさんってえ、なんかミステリアスだよねえ」 「そーお? 俺、そんな隠し事するタイプじゃないけどなあ」 「そういうことじゃなくて、なんていうか……何考えてるか分かんないってやつ」 勿論、今もね。早々と着替えを済ませてホテルの一室から出ていった彼女の背を、もう二度と会うことはないんだろうなあと思いながら見送っては、一人寂しくキングサイズのベッドの上にごろりと寝転んだ。 「あーあ、またかあ」 何を考えてるのか分からない。振られる時はいつもこのお決まりのパターンで繋がりが切れて終わる。酷い時はきっちり連絡先もブロックされてるものだから余程なのだと思う。自分の何が悪かったなどと振り返ることは面倒だからしない。したところで直す気もないし、悪いとも思っていないからそんなの無駄な時間でしかない。それ以前に、誰かと長く関係を保とうと考えたこともないから、寧ろ都合がいいとさえ感じる。 「…………ほんと、クズ」 溜息を吐きながら目を閉じてすぐ、携帯電話がぶるりと震えた。メッセージアプリの通知で、送り主は一番に今の自分を見せたくなかったガールの名前が表示されていて、一度その画面を消しては枕の横にそれを投げた。 (一瞬でも、慰めて欲しいとか思った俺がめっちゃ嫌) さすがにそこまで最低ではないと自分を信じたかったけれど、やはり気になって恐る恐る開いたメッセージアプリに表示されたのはまさかの文面で。 「……え、はっ、ちょ、嘘!」 「ダビデ、いるんでしょ。早く開けてよ」 「いや、でも……マジ?」 「マジ」 部屋の前にいる、といった旨のメッセージが届いているとは思わず、慌ててベッドから飛び起きドアの鍵を開けると、そこには確かにビニール袋を提げたいちかがそこに立っていた。何で、と問い質す暇もなく当然のように中へ入った彼女はベッドに腰掛け持っていた肉まんを投げつけるように寄越し、自身もお腹が空いていたのかすぐさま口をつけ始めたので思わず腹を抱えて笑ってしまった。 「なんだよそれ、どゆこと?」 「感謝してよね。ガール心が分からないヤリチンを宥めに来てあげたんだから」 既に半分は食べてしまったいちかの隣りに腰を下ろして、まだあたたかみのある肉まんをぱくりと一口含んだ。じんわりと広がるしょっぱさと甘いたれが不思議と荒んでいた胸の内を潤して、ただただ素直にうまいという一言が自然と漏れる。すると、してやったりと言わんばかりに笑う彼女の笑顔が悔しいけれどとてもかわいいなと思った。 「……なんか、不思議。さっきまでしょんぼりしてたのに、もう元気出てきたもんな」 「肉まんで元気出るとか子供じゃん」 「う、うるさいな〜。それだけじゃなくて、その……」 ふわふわの肉まんを頬張りながら、次第に言葉が尻すぼみになっていく自分が情けなくて堪らなかった。小さく溜息を吐いてしまうほど、結果として頼ってしまっただけでなく、まともに礼も言えやしない不器用な自身を呪ってしまいたくなる。 「……あのさ。別に、アンタに見返りとか求めてないから」 「へ?」 「貸し借りとか思わなくていいってこと。頼まれたわけでもないし」 「そうは、言ったって……」 「いいの。アンタはアンタのままでいていいから。変に落ち込むのやめてよ、キモいし」 「はは、ひっでーの」 照れ臭そうにそっぽを向きながらそう話すいちかがかわいくて堪らずその細い肩を抱き寄せたら、すぐさま肘打ちが飛んできたものだから二人で腹を抱えながら笑った。そんな、無自覚に隠しているものをちゃんとさらけ出せているような感覚が嬉しくて、彼女といる時間はやはり落ち着くなあと再認識する。 「はあ、やっぱ俺にはいちかしかいねえわ〜」 「調子のいい事言って。明日にはもう知らないガール引っ掛けてるくせに」 「さすが分かっていらっしゃる」 憎らしいひと。抱き締められたまま、耳元でそう呟くいちかは苦笑しつつもぬくもりを拒まなかった。そんな優しさに甘えてしまう自分は、いつにも増して憐れで救いようのないクズだなと心の底から泣きたくなった。(2025.11.09)
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