唐突に海に行こうと言い出す話
(ヨリ×マゴ) 「ほら、早く早く」 「おーい、ちょっと待てって!」 日頃から外出が少ない彼が急に海へ行きたいと言い出したのは先日のことだった。春が過ぎからりとした初夏の匂いが辺りを漂う中、バンカラ街に並んでいた展示品のビーチパラソルを見上げてぼそりと呟くものだから驚いた。 そんなに長居はしないだろうと、なるべく荷物を少なくするために家に出る前に水着を着て、その上からフクを着た状態でバイクに跨がっては雲一つない青空の下で風を切るように細い田舎道を駆け抜けた。リアボックスの中には小さなタオルと最低限の着替え、そしてさっきコンビニで買ったカラフルなレジャーシートが入っている。どうせならと提案されたビーチボールは空気の抜けた状態で底の方に沈んでいるけれど、恐らくは遊ばずに終わってしまうだろう。 「想像してたより混んでる、早く場所取らなきゃ」 「んな慌てなくても大丈夫だって」 「あ、ほら。海の家もやってるじゃん。ラッキー」 そんなに海好きだったかな、と疑問が浮かぶほどにそわそわしているマゴは少し目を離した途端、既に両手にはかき氷と焼きそばが乗せられている。随分浮かれてますこと、そう言うと照れ臭そうにその二つを敷いたばかりのレジャーシートの上に置いては飲み物を買ってくるとだけ告げて自動販売機へと走って向かってゆく。 「レンタルあって助かったぜ」 海の家にはそれなりにレンタルグッズが揃っていて、意外にも日差しが強かったので借りたビーチパラソルを差してはごろりとレジャーシートの上に寝転んだ。すぐそばに置かれた焼きそばの焦げたソースの匂いと、真っ赤なシロップのひんやりとした甘い香りが鼻を掠る。目を閉じると何度も何度も繰り返し聞こえてくるさざ波の音が心地良くて、思わず欠伸が出そうになったところで、頬に冷たい何かがぴとりと触れて飛び起きてしまった。 「冷てえ!」 「おはよ」 「べ、別に寝てねえし……」 「あはは。これ食べたらもう少し近くまで行ってみよう。何か流れ着いてるかも」 すっかりペースを乱され堪らず頬が熱くなっている間にも、それを知ってか知らずにか、マイペースに焼きそばを頬張り始めた彼に思わず苦笑した。 真夏の季節と比べれば密度は低いけれど、辺りを見渡しただけでも浮き輪を使ってぷかぷかと浮いていたりサーフィンを嗜むクラゲたちがいたり、砂浜でお城を作っているインクリングの子供や白熱したビーチバレーを繰り広げてきる大人たちもいる。そういえば、自分たちが子供だった時も養護施設の大人たちに連れられて遊びに来たこともあったっけ、そんなことを思いながら静かにその光景を眺めていると、いつの間にか食べ終わっていたらしいマゴが裸足のまま波打ち際でしゃがんで何かを探していることに気付いた。空っぽになったかき氷の器の中に何かを集めているように見える。 「何かあったか」 「見て、これ。すごく綺麗なんだ」 持っていたそれの中身を覗いてみると、そこには一部が欠けた真っ白な貝殻や青や緑のガラスの破片がいくつか入っていた。 「なんだよ、ゴミ拾いでもしてんのか」 「ち、違うし。でもこれってそう? ガラスなの?」 「シーグラスっつーやつだな。若い奴らはこれでアクセとか作ってるらしいぜ」 「へえ、上手いこと考えるなあ」 「持ち帰るのか?」 「うん。リンちゃんにおみやげ」 ネックレスとか作ってあげようかな、そう言って再び砂浜へと視線を戻して一生懸命材料を探すマゴにやれやれと小さくため息を吐きながら、その隣へ並ぶように仕方なく腰を下ろしては塩の香りに包まれたオレンジ色のシーグラスを手に取り器へと投げ入れた。(2025.05.07)
home