うっかり騙されてしまった話

(おにいさん+相方くん+ヨリ+マゴ) 「あれ? さっきまで休憩所にいたはずなんだけど」  顔合わせなかったのかい、と店主に言われて拍子抜けしたのはつい先程の事。ナワバリバトルの約束もしておらず各々自分の家で過ごしていた本日は、夕方になった今もまだ相方と顔を合わせておらず、一緒に風呂でも入らないかとメールで誘っては現地集合をしようと約束を取り決めたのは三十分前。先に着いたのなら休憩所で待っていて欲しいと伝えておいたはずだったのだが、本人はどこにも見当たらず、どうやらその約束を守らずにどこかへ姿を眩ませてしまったらしい。 「ついさっきトイレに行ったけど、そっちにもいなかったなぁ」 「そうか」 「先にお風呂、入ってきちゃったら? 見かけたら伝えておいてあげるから」 「分かった。手間を掛けるが、頼む」  人差し指と親指の先をくっ付け、どこか怪しい笑顔を零したまま了承した店主に苦笑を漏らしつつ、仕方がなしに一人、ロッカーの鍵を貰っては青い暖簾を潜って奥の脱衣所へと向かう。どうやら客はまだ疎らで浴場には数人、曇りガラス越しに薄い影が幾つか確認できた。慣れた手つきで衣服を脱ぎ捨てロッカーの中へと投げ入れる。家から持参したボディタオルと常日頃通っているせいか置きっぱなしにして構わないと店主に言われて脱衣所の隅に鎮座させてもらっているシャンプー、リンスを桶に入れ、がらがらと音を立てながら引き戸を引いて中へと足を踏み入れた。 「げっ」  直後視界に入ってきた見知った知人に対し、知らぬ存ぜんぬを貫き通してはすぐ隣りの洗い場の椅子に腰を下ろすと、ようやくこちらの存在に気付いたのかあからさまに嫌そうな一言が側に落ちては排水溝へと流れていった。 「ンでわざわざ隣り座んだよ」 「どこで体を洗おうが俺の勝手だろう」 「それじゃあ俺は向こう行く……って付いてくんな!」  目を細めながら不満そうにぶつくさ呟き席を移動しようとする彼の背を追い、再びその隣りの椅子へと座れば、諦めたのか小さく溜息を吐きながらシャワーを手に取った。 「いつものアイツはどうしたよ」 「ここで待ち合わせをしていた、が。まだ顔を見てない」 「あんだって? おかしいな、俺さっき休憩所で待ってるとこ見たけど」  今、何て言った。小麦色の健康的な肌に泡を滑らせながら彼が零したその言葉に驚いて、思わずシャワーのお湯を掛けて洗っていた頭をすぐさま上げた。自身、そんなつもりは決してなかったはずがどうやら体がびくりと震える程に鋭い睨みを利かせてしまったらしく、ずるずると椅子を引き摺りながら後ずさるという器用な逃げ方をしようとする知人の腕を掴んでは、ぐいっと顔を近づけ耳元でなるべく優しい声色でそっと問い詰めた。 「ヒナタは今、何処にいる」 「ひぃっ! それ以上は知らねえっての! 俺が風呂に入る前はそこにいたぞって話! てか近い! きもい!」 「……こっちには来てないのか」 「十分くらい前の事だし見間違った訳でもねえぞ。マゴだって見てたはずだし」  そう言われてみれば、先程店主にも休憩所で相方を見たと教えられたばかりだった。しかし店に入った時に擦れ違った訳でもなかった為、この店の中の何処かには必ず存在しているはずだった。思い当たる節でまだ探していない場所はもうほとんど残されていない。しかしその場所は所謂、店主と今目の前で狼狽えている店主の幼馴染が生活をしている、他人である自分達には踏み入れられない部屋でもあり探し回る訳にもいかず。 「おい」 「な、なんだよ」 「休憩所の奥の部屋を見せてくれないか」 「え、何で」 「ヒナタを探す」 「探すったって、そんなとこにいるワケ……」 「頼む」  可能性は低い事くらいは自分でも分かっていた。彼が他人の居住スペースに無許可で踏み入れるような非常識な性格でない事はこの店にいる誰もが知っていて、何より自分から逃げるように隠れなければいけない理由などない。しかし、最早その場所以外に在り得ないという推測は拭えそうにもない。  がっちりと視線を外さないままに薄茶の瞳へと赤を差し込むその姿勢で数十秒間無言のままに訴えれば、どうやらその熱意に観念したらしい彼がゆっくりと大きな溜息を吐きながらも了承の意を示す頷きを見せていた。 「ただし! 一人で勝手に入んなよ。お前は俺の後ろを付いてくる事、それでいいな?」 「あぁ、すまない。感謝する」 「やめろやめろっ。滅多な事言ってんじゃねえよ、ゾワゾワすんわ」  そうと決まれば話は早い。湯船に浸かれないのは少々惜しい気もしたが相方の行方を確認する方が最優先事項である事に変わりはないのだから。気乗りしないのか足取りの重い知人を引き摺りながら早速脱衣所へと戻り、手早く着替えを済ませては早く早くと催促するように彼の背をばしばしと叩いた(その度に聞こえる悲鳴の情けなさに少し笑った)。  暖簾を潜り番台の前で店主に事情を話し、そのまま休憩所へと繋がる細い廊下、そしてその先の二人の居住スペースである居間の襖へと彼がついに手を掛ける。 「うーっし、開けんぞー。誰もいねぇと思うけど……っと、あれ?」  小さく欠伸を漏らしながらがたがたと音を立て開いた先には、二人が想像していなかった状態の彼と、そしてもう一人がそこには確かに存在していた。 「随分、気持ち良さそうですこと」  思わず顔を見合わせ互いに苦笑を零しながら、そっと静かに柔らかい畳の上に足を踏み入れる。なんせ目の前には、コタツ布団の中へがっつりと下半身を潜りこませ、クッション代わりに二つ折りにした座布団を枕にして、絵本を片手に看板娘を抱き締めながらぐっすりと眠る二人の姿が視界の中へと映っていたのだから。 「なるほど。上手い事、振り回されちまったな」 「ったく……ま、今回ばかりは許してやっか」  物音を立てないようにゆっくりと居間から退散し、起きる様子のない安心しきった深い呼吸を確認しては襖を再び締め切った。すると、彼が声を出さずに手招きをしてきた先の休憩所へと早足で付いて行けば、投げ渡されたイチゴ牛乳を咄嗟に受け取ってはこう零したのだった。 「アイツら起きるまで暇だろ? いざ、尋常に……勝負!」  瞬間、スターターピストルという名の牛乳瓶の蓋がすぽんの飛び抜ける音が静かに響いた。

(2017.02.02)

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